部長と私の秘め事
「部下の人格否定して、みんなの前で恥を掻かせて、生産性が上がるわけねぇだろ。嫌な上司が一人いるだけで、職場の雰囲気はだだ下がりだし『仕事したくねぇ、職場行きたくねぇ』ってモチベの低下に繋がる。最悪、人が辞めてく」
「確かに」
「『気をつけてな』って一旦釘を刺して、あとはどうリカバリーしてくかを教えたほうがみんなのためになるし、それをあとで共有すれば役立てられる。そもそも、褒めたほうが人は伸びて生産性も上がるって、論文でも発表されてるしな」
「……そうですね。……あなたが上司で良かったと、何回も思ってましたよ」
ちょっと前まで私は〝部長〟が嫌いだったけど、仕事の面では優秀な人だと思っていた。
そりゃあ部下がミスをしたら、上司が責任を被る事になるから、怒りたくなる気持ちは分かる。
でもその上司自身がアンガーマネジメントをして、感情的にならずどう部下を導いていくかがキモだと、以前尊さんが言っていた。
『そのために会社から認められて責任ある立場についてるんだから、自分を律して的確な指示を出せるメンタルをキープするのは、必須スキルだと思う』
それができる尊さんが部長だからこそ、部署内の空気はいいし作業効率もいい。
彼が庭師として常に〝全体〟を見て、微調整し続けてきたお陰だ。
「ありがと」
私の褒め言葉を聞き、尊さんは嬉しそうに微笑むと額にキスをしてきた。
「だから俺は朱里を否定しないし、たとえ間違えた事をしたとしても、なぜ駄目だったのか説明して、代わりにどうすればいいか提案したい。……勿論、子供にもそう接していきたいと思ってる」
彼の言葉を聞いて、私の気持ちがホッと暖かくなる。
「……しゅき……」
尊さんに抱きついて呟くと、彼はポンポンと私の頭を撫で、また額にキスをしてくれた。
私はしばらくその体勢のまま、尊さんの匂いを嗅ぎ、もう安心していいのだと自分に言い聞かせていた。
「……すっごい、ぶちまけちゃった」
やがてボソッと言うと、尊さんは小さく笑った。
「最後にあれぐらい言ってもいいだろ。俺だって田村の所業を聞いてドン引きしたよ」
「……ご飯はあったかいうちに食べたい」
「マジそれ。麺のびたら店主に怒られるわ」
彼のいつもの返しを聞き、私はクスクス笑う。
「尊さんとエッチするようになって、昭人としてた時なんて比べものにならないぐらい、感度が良くなったって言ってやれば良かった」
「ははっ、それは再起不能になるわ、あいつ」
尊さんは気の毒がりながらも、まんざらでもなさそうに笑う。
「……田村〝クン〟ってつけなくなりましたね」
「あー、それな。今までも本当はつけたくなかったけど、朱里が未練を持つぐらい好きな人だったから、一応つけてた。色んな感情のこもった〝クン〟だけど」
「それは、何となく感じてました」
小さく笑うと、尊さんは「バレてたか」と苦笑いする。
話しているうちに気持ちは落ち着いたけれど、胸の奥にポッカリと穴が空いたような感覚はまだある。
「…………あんな人を好きだったなんてバカみたい」
私は乱暴に溜め息をつき、尊さんの腕をギュッと抱く。
すると尊さんは反対側の手で私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「人に期待した分、裏切られるとすげぇ空しくなるよな。分かるよ」
その言葉を聞いた瞬間、チリッと何かが引っ掛かってしまった。
尊さんは、ただ共感して慰めてくれただけだと分かっている。
けれど今の言葉を聞いて私の脳裏に浮かんだのは、顔の分からない宮本さんだった。
尊さんの昔話に出てきた彼女は、竹を割ったような性格をした〝いい女〟だ。
新入社員の二人は惹かれ合い、体の関係もできた。
期間は短かったけれど二人は恋人同士になり、尊さんにとって宮本さんと過ごした時間が何ものにも代えがたいものとなったのは、言われなくても分かる。
当時の人間不信になった尊さんにとって、宮本さんは貴重な〝信じられる異性〟だった。
そんな人に何も言わず去られ、彼の心に深い傷痕がつけられたのは言わずもがなだ。
きっと宮本さんだって尊さんを傷つけたくなかっただろうし、彼も酷く悲しみ、絶望した。
――この人は沢山の痛みを抱えているから、とても優しくて他人を思いやる事ができる。
トラウマありきの彼の生き方、在り方を悲しいと思うものの、「これからは私が癒していけたら……」とも感じていた。
でも……。
私は尊さんの胸板に手を這わせ、人差し指でトントンとノックする。
「……ん?」
密着した体越しに、尊さんの声が反響して聞こえてくる。
「……まだ、宮本さんの事で傷付いていますか?」
小さな声で尋ねると、彼はスッと息を吸って沈黙した。
――失敗した。
瞬時に自分が愚かな質問をしたと悟った私は、彼の肩に顔を埋める。
「確かに」
「『気をつけてな』って一旦釘を刺して、あとはどうリカバリーしてくかを教えたほうがみんなのためになるし、それをあとで共有すれば役立てられる。そもそも、褒めたほうが人は伸びて生産性も上がるって、論文でも発表されてるしな」
「……そうですね。……あなたが上司で良かったと、何回も思ってましたよ」
ちょっと前まで私は〝部長〟が嫌いだったけど、仕事の面では優秀な人だと思っていた。
そりゃあ部下がミスをしたら、上司が責任を被る事になるから、怒りたくなる気持ちは分かる。
でもその上司自身がアンガーマネジメントをして、感情的にならずどう部下を導いていくかがキモだと、以前尊さんが言っていた。
『そのために会社から認められて責任ある立場についてるんだから、自分を律して的確な指示を出せるメンタルをキープするのは、必須スキルだと思う』
それができる尊さんが部長だからこそ、部署内の空気はいいし作業効率もいい。
彼が庭師として常に〝全体〟を見て、微調整し続けてきたお陰だ。
「ありがと」
私の褒め言葉を聞き、尊さんは嬉しそうに微笑むと額にキスをしてきた。
「だから俺は朱里を否定しないし、たとえ間違えた事をしたとしても、なぜ駄目だったのか説明して、代わりにどうすればいいか提案したい。……勿論、子供にもそう接していきたいと思ってる」
彼の言葉を聞いて、私の気持ちがホッと暖かくなる。
「……しゅき……」
尊さんに抱きついて呟くと、彼はポンポンと私の頭を撫で、また額にキスをしてくれた。
私はしばらくその体勢のまま、尊さんの匂いを嗅ぎ、もう安心していいのだと自分に言い聞かせていた。
「……すっごい、ぶちまけちゃった」
やがてボソッと言うと、尊さんは小さく笑った。
「最後にあれぐらい言ってもいいだろ。俺だって田村の所業を聞いてドン引きしたよ」
「……ご飯はあったかいうちに食べたい」
「マジそれ。麺のびたら店主に怒られるわ」
彼のいつもの返しを聞き、私はクスクス笑う。
「尊さんとエッチするようになって、昭人としてた時なんて比べものにならないぐらい、感度が良くなったって言ってやれば良かった」
「ははっ、それは再起不能になるわ、あいつ」
尊さんは気の毒がりながらも、まんざらでもなさそうに笑う。
「……田村〝クン〟ってつけなくなりましたね」
「あー、それな。今までも本当はつけたくなかったけど、朱里が未練を持つぐらい好きな人だったから、一応つけてた。色んな感情のこもった〝クン〟だけど」
「それは、何となく感じてました」
小さく笑うと、尊さんは「バレてたか」と苦笑いする。
話しているうちに気持ちは落ち着いたけれど、胸の奥にポッカリと穴が空いたような感覚はまだある。
「…………あんな人を好きだったなんてバカみたい」
私は乱暴に溜め息をつき、尊さんの腕をギュッと抱く。
すると尊さんは反対側の手で私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「人に期待した分、裏切られるとすげぇ空しくなるよな。分かるよ」
その言葉を聞いた瞬間、チリッと何かが引っ掛かってしまった。
尊さんは、ただ共感して慰めてくれただけだと分かっている。
けれど今の言葉を聞いて私の脳裏に浮かんだのは、顔の分からない宮本さんだった。
尊さんの昔話に出てきた彼女は、竹を割ったような性格をした〝いい女〟だ。
新入社員の二人は惹かれ合い、体の関係もできた。
期間は短かったけれど二人は恋人同士になり、尊さんにとって宮本さんと過ごした時間が何ものにも代えがたいものとなったのは、言われなくても分かる。
当時の人間不信になった尊さんにとって、宮本さんは貴重な〝信じられる異性〟だった。
そんな人に何も言わず去られ、彼の心に深い傷痕がつけられたのは言わずもがなだ。
きっと宮本さんだって尊さんを傷つけたくなかっただろうし、彼も酷く悲しみ、絶望した。
――この人は沢山の痛みを抱えているから、とても優しくて他人を思いやる事ができる。
トラウマありきの彼の生き方、在り方を悲しいと思うものの、「これからは私が癒していけたら……」とも感じていた。
でも……。
私は尊さんの胸板に手を這わせ、人差し指でトントンとノックする。
「……ん?」
密着した体越しに、尊さんの声が反響して聞こえてくる。
「……まだ、宮本さんの事で傷付いていますか?」
小さな声で尋ねると、彼はスッと息を吸って沈黙した。
――失敗した。
瞬時に自分が愚かな質問をしたと悟った私は、彼の肩に顔を埋める。