部長と私の秘め事
「……ごめんなさい。慰めてくれたのに、嫌な勘ぐりをしました」

「……いや、いいんだ」

 尊さんは私の肩を抱き、静かに息を吐く。

 しばらく彼は考えるように沈黙したあと、ポツポツと話し始めた。

「……急にいなくなられて確かにショックだったよ。……あいつにつけられた傷は、なかなか癒えてくれない」

 私は彼に体を押しつけたまま、節くれ立った長い指を触る。

「でももう過ぎ去った事だ。以前も言ったけど、宮本が去ってから十年経ってる。怜香に酷い嫌がらせをされたとはいえ、まだ俺を想っていたなら、とっくに姿を現してるだろ」

 ――私はずるい。

 嫉妬した気持ちを尊さんにぶつけ、「何とも思っていない」と言わせて自分を安心させ、愛されている事を確認ている。……まるでメンヘラだ。

 自分の女としてのずるさ、醜さが嫌になった私は、静かに涙を流した。

「あいつとはもう終わった。朱里が心配する事は何もない」

 言ったあと、尊さんは私の顔を覗き込んで――、目を見開いた。

「…………泣くなよ」

 そして困ったように笑い、服の袖で私の涙を拭う。

「俺は今、十二年の想いを果たせてとても幸せなんだ。お前が相手だから、結婚しても幸せな家庭を築けると確信してる。他の誰でも駄目なんだ。そこ、ちゃんと理解してくれ」

 甘く微笑んだ尊さんは、私の前髪をそっと撫でつけて額をつけてきた。

「誰よりも朱里が大事だよ。だからお前は自分に自信を持って、俺に愛されていればいいんだ」

「…………はい」

 私はギューッと尊さんを抱き締め、もう彼女の事で悩まないようにしようと決意した。

「悪い事があったあとには、いい事が待ってる。……たとえば、煮卵つきチャーシュー麺が食べられるとか」

 おどけるように言われ、私は思わず「ぶふっ」と噴き出す。

「……さっき、麺がのびる話をしてたから?」

「それ。急にラーメン食いたくなってきた。どう?」

「いきます!」

 顔を上げてキリッとした表情で言ったからか、尊さんはクスクス笑った。

「OK! この辺、朱里の縄張りだろ。オススメある?」

「だから~。縄張りって猫みたいに……。えっとですね、ごっついチャーシューを食べられるお店があってですね」

 言いながら、私は西日暮里駅近くにある百名店に選出されたラーメン屋の店名を口にした。

「よし、そこ行くか!」

 尊さんは後部座席のドアを開けて運転席に移動し、私も助手席に座る。

「出発ブンブン!」

 あえて明るく言うと、尊さんはクスクス笑ってから「ブンブン」と言ってくれた。

 駐車場を出たあと、運転しながら彼が言う。

「色々落ち込んじまう時はあるけど、大体カロリーとって寝たらどうにかなるよ。俺も元気を出したい時は、チャーシュー麺や肉食ってた」

「やっぱりお肉って正義ですよね……」

 私がハッと気づいたように言ったので、尊さんは「ぶふっ」と噴き出す。

「だな、正義だ。これからも、やな事があった時は二人でチャーシュー麺食っていこうぜ」

「……独創的なプロポーズですね」

 わざと真顔で突っ込むと、彼は「おい」と脱力する。

「嘘ですって!」

「そうだ、朱里」

「はい?」

 今の流れなので軽い調子で返事をすると、赤信号で止まった尊さんはこちらを見てニヤッと笑う。

「婚約指輪と結婚指輪の希望、固めておけよ」

「へっ?」

 目を丸くすると、尊さんにクシャクシャと頭を撫でられる。

「もう上村家に挨拶したし、これから祖父様やちえりさんのところにも行って公認になる。その時、お前の指に篠宮家、速水家が納得する婚約指輪がなかったら、俺がみんなに嗤われるよ」

「う……、うう……」

 まさかそんな問題があると思わず、私は何も言えずにうめく。

「……お、お高い万円のはいいですからね?」

「諦めろ。一生に一度しかない結婚式なんだから、指輪もドレスも式場も料理も新婚旅行も、とことん金かけるぞ」

「Oh……」

「チャーシュー麺プロポーズしたからって、指輪が輪切りネギで済むと思うなよ」

「んぶふっ」
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