部長と私の秘め事
 出資者が食材の値段に糸目を付けなかったので、町田さんは『腕が鳴りますね』と高級食材を使って自由に料理をしていた。

 先日話した時に教えてもらったけど、彼女はもともと星付きレストランに勤めていた凄腕シェフらしい。

 キャリアを積む道も選べたけれど、結婚して子供たちと過ごす時間を大切にしようと思ったあとは、自分をブランディングして今に至るらしい。

 彼女は仕事の速さや料理の腕前で、あちこちから引っ張りだこのようだ。

 家政婦といってもメインは料理らしく、簡単な掃除くらいなら請け負うけれど、専門的な掃除は別のプロを頼むようお願いしているそうだ。

 テーブルに並んでいる料理は統一性を持たせるというより、みんなが好きそうなご馳走を……という感じで、メインは手巻き寿司だけれど、ローストビーフや見た目が綺麗な前菜、サラダなど多岐にわたっている。

「それでは、私は次に参りますね」

 キッチンの片付けを終えた町田さんはさっそうと立ち去り、あとは美味しいお酒で乾杯しての宴会となった。

「それにしても、こんなに立派なマンションに住まれていたなんて……」

 母がまた言い、ほうっと溜め息をつく。

 すっかり態度を改めた亮平は、自分より格上の尊さんの住まいに圧倒され、彼を尊敬の眼差しで見ていた。

 夢見心地になっている美奈歩は、もう私への対抗心は持っていないみたいだ。

 恵はそんな私たち家族を、「良かったね」という目で見ている。

 亮平は尊さんのワインセラーに興味を持ち、彼のお勧めチーズとのマリアージュ等を教えてもらっている。

 男性陣に継父も混じってワイワイしている間、女性陣はリビングでまったりと寛いでいた。

「素敵な人に巡り会えて良かったわね」

 心底安心したらしい母に言われ、私は「うん」と頷く。

「水を差すようだけれど、怜香さん? あちらのお母様はどうなっているのかしら?」

 少し声を潜めて尋ねられ、私は答えられる範囲で言う。

「捜査中の事は教えてもらえていないの。ただ尊さんが知っている事や揃えた証拠、実行犯の人の証言もあるから、そう軽い処分にはならないと思う。それに裁判は何か月も待ってやるものだし、向こうも弁護士がいるから、簡単には〝結果〟は出ないんじゃないかな」

「そうね。その結論が出る頃には、世間の人たちの興味も逸れているでしょうね」

「うん」

 私たちはのんびりと結婚の準備をすると決めたし、時間が掛かればそのぶん世間から忘れられ、丁度いい。

「ねぇ、速水さん優しい?」

 美奈歩が尋ねてきて、私はにっこり笑った。

「うん、凄く優しいよ。理想の彼氏」

 素直に返事をしてから、自慢になっていないか不安になる。

「そっか、良かったね」

 でも美奈歩はもう以前のような険を出さず、素直に私たちを祝福してくれた。

(良かった……)

 ホッとした時、恵がトントンと私の肩を叩いてきた。

「ん?」

 彼女を振り向くと、恵は「かんぱーい」とビールの入ったグラスを私のグラスに合わせてきた。

「えっ? あはは、乾杯!」

 何も言わなくても、恵は今までの事を知っているから、美奈歩と私の空気感を見て理解してくれたんだろう。それで、「おめでとう、良かったね」と祝福してくれている。

 ――ありがとう。

 インフルになってから怒濤の勢いで今日に至ったけれど、私はとうとう好きな人と結婚を前提に同棲する事になった。

 家族にも認められたお付き合いで、とても大好きな相手。

 あとは何にも邪魔されず、幸せな結婚ができたらいいけれど……。

「係長にチョコ買わないとなぁ……」

 ボソッと言うと、恵が「ええー?」と声を上げる。

「休みに理解を示してくれたし、きっと課長が何か言っていたと思うけど、復帰したあと何も言われなかったし、尊さんが宥めてくれたのもあるだろうけど、係長も一応味方になってくれたわけで……」

「まぁ、課長はブツブツ言ってたね。でもフォローしてたのは部長だから、あんまり気にしなくていいんじゃない? 係長は部下の前でだけいい事言って、あとは割とだんまりだし。これでチョコあげたら調子に乗るって。あいつ、ただでさえ朱里を気にしてるから、図に乗らせたら駄目だよ」

 厳しめの感想を言われ、私は「そっか……」と考える。

 その時、私たちの会話を聞いていたのか、尊さんがこちらを見て言った。

「じゃあ、俺からチョコ渡しておこっか」

「へっ?」

 まさか尊さんが係長にチョコを渡すと思わなかったので、私は声をひっくり返らせる。
< 201 / 313 >

この作品をシェア

pagetop