部長と私の秘め事
 付き合っていた当時、昭人に手料理を作ったけど、彼はいつも好き嫌いを言う人だった。

 野菜炒めにピーマンが入っていたら、ピーマンだけを除けたり、『お前なんでも食べるだろ』と言って私のお皿にのせてきた。

 そうされて、『私が作った料理なのに、傷付くって思わないのかな』とモヤモヤしながら、深く考えないようにしていた。

 一緒に外食しても味付けが濃いだの薄いだの言って、作り手へのリスペクトも感じられないし、ホールスタッフへの態度も尊大で嫌だった。

 だから、尊さんみたいに色んな意味で気持ちよくご飯を食べられる人って、本当にありがたい。

「そろそろ行くか」

 尊さんはチラッと腕時計を見てから言い、私は「はい」と頷く。

 タオルで足を拭いたあと、ポカポカ温まった体で館内に戻った。

 時刻は十六時すぎで、ひとっ風呂浴びれるといえばいける。

(でも部屋の露天入ったら、ゴングが鳴りそうで怖い……)

 一晩経って今は落ち着いているものの、昨晩焦らされた分、一度始まったら止まらなくなってしまいそうだ。

(きっと尊さんも最後までしたいって思ってくれてる……と思うし)

 そう思った私は、明るく言った。

「ちょっと大浴場見てみていいですか? 部屋の露天はご飯のあとにゆっくり入るとして、今は色々見てみたいです」

「そうするか」

 私たちはラウンジを出て一旦部屋に戻り、洗面グッズを手にしてからエレベーターに乗った。

 エレベーターには木製の板に館内案内が描かれてあり、宿はぬくもり館とふるさと館に分かれていて、私たちが泊まっているのはふるさと館の最上階の八階だ。

 大浴場はぬくもり館の三階と四階にあり、地下一階にも露天風呂や岩盤浴があり、エステサロンもあるらしい。

「本当はエステを受けさせてやりたかったけど、一泊だと思ってるより時間がねぇからな……。夕食後の時間はアレだし、チェックインしてから夕食までの時間に、すぐエステっていったら、他のところを見る時間がなくなるしで……。迷ったんだが」

〝アレ〟と言われて私はサッと頬を染め、誤魔化すように明るく言う。

「気にしないでください。こんな立派なところに連れてきてもらえただけで、本当にありがたいです」

 胸の前で手を振ると、尊さんは微笑んで私の頭を撫でてきた。

「朱里って食以外に関して無欲だよな」

「食以外って! 食がちゃんとワンカウントされてる!」

 思わず突っ込むと、尊さんはケラケラ笑う。

「こう見えても私は強欲なんですからね。色んな欲がムラムラと……」

 言ってしまってから、「あ、言い方まずかった」と後悔する。

 それを知ってか知らずか、尊さんは私の顔を覗き込むとニヤリと笑った。

「エステティシャン速水が極上のマッサージをするから、それで満足してくれ」

「う……、うぅ……」

 彼の言葉になんと返事をすればいいか迷っていると、エレベーターは四階で止まった。

 看板に従って歩いていくと、青い暖簾が見えた。

「お、四階が男湯みたいだな」

「じゃあ私、階段で下行きます。終わったらご飯になるでしょうし、お風呂から上がったら荷物を置いて、一階の売店とかで落ち合いましょう」

「オッケ」

 そのあと、私は尊さんと別れて階段を下り、三階の女湯に向かった。

 脱衣所はとても広く、清潔感がある。

 家族連れが多いなか、私は貴重品と着替えをロッカーに入れて服を脱ぎ、髪をクリップで纏める。

 入ってすぐ洗い場があり、その奥に浴槽があるみたいだ。

 洗い場はちゃんと仕切りがあり、シャワーが隣の人に掛からないようになっている。割とやりがちなので、これはありがたい。

(温泉旅行は尊さんと来たかったけど、大浴場に一人で来ると『恵がいれば良かったな』って思っちゃうな。……っていうかやっぱり、涼さんを巻き込んでグループデート?)

 ついそう考えてしまうけれど、女性に興味がない涼さんには苦痛なのかな?

(まず、会って話してみないとどんな人か分からないよね)

 考えながら私はシャワーで体を流し、持参したシャンプーのサンプルで髪を洗い始める。

 シャンプーを終えてトリートメントをし、馴染ませている間に、ジョー・マローンのボディソープのサンプルを使って体を洗う。

 家からデリケートゾーン専用のソープも持ってきたので、周囲を気にしつつそれで丁寧に秘部を洗う。

 トリートメントを流したあと、エストのジェル洗顔で顔を洗い、お楽しみの浴槽に向かった。

(おお……、思っていたより凄く広い)

 パッと見える限り三、四つぐらいはナントカの湯がある。

 さらに奥には露天風呂もあって、それぞれの浴槽で家族連れや友達づれ、お一人様がのんびり温泉に浸かっていた。

(今頃、尊さんもお湯に浸かってるのかな。ゆっくり温泉に浸かって、日頃の疲れをとってくれればいいな)

 そう思うものの、彼が早く出たら待たせてしまうと思うと、なんとなく気が急いてしまう。

(でも勿体ないから、全部浸かりたい!)

 クワッと勿体ない根性を出した私は、目を閉じて脳内で尊さんを数え始めた。

(尊さんが一人、尊さんが二人、尊さんが三人……。違う! これは寝る時のやつだ! しかもそんなに大勢いたら、色気過多で鼻血噴いて死んじゃう!)

 そんな事を考え、思わずにやつきそうになった私はクルッと壁のほうを向く。

(大浴場で大欲情……。なんちゃって)

 くだらない事を考えて一人で「ふふっ」となったあと、思考を切り替えてまじめな事を考えた。

(恵や家族へのお土産、どうしようかな。恵はお菓子でいいと思うけど、美奈歩あたりは何かビューティーな物のほうがいいのかな。でもこだわりのデパコス使ってる子だから、下手に好みじゃない物を買うより北海道限定のお菓子のほうが喜ぶかも。……亮平は……、ワインとチーズでいいか。あいつの好みは知らん)

 我ながら、女子と男子の扱いの差が酷い。

(あれ? 職場へのお土産ってどうするの? 恵以外の人には北海道に行くって言ってないけど、……これって黙ってたほうがいいやつ?)

 グルグル考えた私は、あとから尊さんに相談する事にした。

 同じ職場なのに彼も北海道土産を買っていけば、〝偶然〟以上に勘ぐる人がいるかもしれない。

(よし、この件は保留)

 そのあと、意識の表層で色んな事をモヤモヤと考えながら、奥底では今夜の事を思って期待を高めてしまう。

 ほのぼのした家族連れを見ていると、自分がとても欲にまみれた存在に思えて、恥ずかしくなってしまった。





 大浴場から出て部屋に戻ったけれど、尊さんはいなかった。

 洗面セットを置いてエレベーターで二階まで下りた時、階段下のフロント前で尊さんが女性二人連れに声を掛けられているのを見て、思わず足を止めてしまう。

(わぁ……、ナンパされてる)
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