部長と私の秘め事

すきやきパーティー

 三田の尊さんのマンションに着いたのは、十八時過ぎだ。

「うああ……、たらいまぁ……」

 彼のゴージャスなマンションに「ただいま」を言った私は、ソファの上にバフッと倒れ込む。

「お疲れさん」

 尊さんは私のお尻をポンと叩き、バスルームに行ってお湯を貯め始める。

「疲れたろ、ちょっと部屋で寝てな」

「……はい」

 彼の好意に甘え、私は部屋に向かうとパジャマに着替え、ベッドに潜り込んで目を閉じた。

 でも興奮していてなかなか寝付けず、家族や恵にメッセージを送って、無事東京に戻った事を伝えた。

 それでも部屋を暗くして目を閉じていると、だんだん眠くなってきて、気がついたらスヤリと眠っていたのだった。



**



 翌朝、私はダルダルな状態で尊さんの車に乗る。

「今日は定時で帰って休めよ。『体調が良くない』って言えばいいから」

「んー、恵にお土産渡す約束してて」

「じゃあ、うちに来てもらえば? ついでに夕飯食っていけばいいし」

「ホント? やった!」

 パッと笑顔になった私は、スマホを出してタタタタタ……と恵にメッセージを打った。

「週末に会うお二人にもお土産持っていきますけど、ちょっとしたおやつで大丈夫ですよね?」

「むしろ、もらえるだけでも御の字だと思うぜ。そんなに気を遣わなくていいって」

「ん……。あと、亮平に『土産取りに来い』って言ったら、『今日寄るかも』だって」

「そっか、なら亮平さんも加えてすき焼きするか」

「別にいいけど……」

 誤解は解けたものの、亮平への苦手意識がまだ抜けていない私は、唇を尖らせて言う。

「あーかり」

 けれど尊さんに窘められ、「……はい」と反省した。





 会社に着いたあと、尊さんは先にエレベーターで職場に向かった。

 私はちょっとスマホを弄って十分ほど時間を潰したあと、時間差で動く。

 フロアに着くと、すでに綾子さんが尊さんからの札幌土産でキャーキャー言っていた。

「札幌のオススメグルメありますかぁ?」

 綾子さんは甘ったるい声で尋ねていたけれど、尊さんは「ネットを参考にしただけ」とサラッと嘘をついていた。

 神くんは……と思って彼を見ると、みんなに交じって『白い恋人』を食べていた。

 と、チラッとこっちを見た神くんと目が合ったけれど、彼は一瞬微笑んだあと、すぐに周りの人との会話に戻った。

(あれは……、大丈夫と思っていいのかな)

 旅行中に尊さんが言っていた言葉を思い出すと、なんとなく「大丈夫そう」という実感が湧いてくる。

 今まで意識していなかったから深く知らないけど、神くんにネガティブな印象がなかったという事は、それだけみんなと上手くやっていたのだと思う。

 どんなに平均的な〝いい人〟でも、誰かからは「あの人はちょっと……」と思われる可能性がある。

 けれど神くんに限っては誰からも悪い噂を聞かなかった。

 気を遣って〝いい人〟を演じているというより、尊さんのように素で人間ができているんだろうな。

 先日、尊さんの前で憎まれ口みたいなものを叩いた時も、わざとああやって言って冗談めかし、深刻な雰囲気になるのを避けたように思える。

(あんまり触れないようにしておこう)

 そう決めた私は、出社してきた恵に「おはよう」と声を掛けられ、笑顔で返事をした。





 喜多久さん監修の商品開発はまだ味が決まっておらず、別班ではパッケージのデザインや商品名などを考えている。

 いっぽうで営業部が販路の確認などをし、少しずつ世に出すための準備が整いつつあった。

 札幌での非現実から現実に戻った私は、なんとかいつも通りに仕事をこなし、時沢係長に『ちょっと調子がよくないので』と言って定時で上がらせてもらった。

 うちの部署は尊さんのお陰で、「うちらは残業してるのに先に帰るんだ?」みたいな圧がない。

『みんな必要のある時は早めに帰れる職場にして、助け合おう』という考えが浸透してる。

 会社から出た私は東京駅で恵と食べるおやつを買い、タクシーでマンションに戻った。

 先日の騒ぎで朝は車通勤になったのに、帰りだけ電車に乗る訳にいかない。

 勿論、タクシー代は自分で払うつもりでいたけど、尊さんは『俺の我が儘だから』と言って、私にお財布を買ってくれた。

 それだけでも十分なプレゼント……というのは置いておいて、そのお財布に一定額の現金をチャージするので、それをタクシー代として使ってほしいとの事だった。

 レシートは尊さんに提出し、彼が残高をチェックしてお金を補充する仕組みだ。

 タクシーで移動しつつ、私は恵にメッセージを打つ。

【尊さんのマンションで待ってるからね】

 そのあと、亮平にもメッセージを打っておいた。

【尊さんがすき焼きを恵んでくださるので、ビールでも買ってきてください】

 ポンと送信してから、「我ながら可愛げのないメッセージだな」と反省した。

 尊さんは私が兄妹と仲良くやっていく事を望んでいる。

 彼の望みを叶えて安心させてあげたいのに、まだ私の心には燻りが残っていた。

(……だって本当に、買い物してる時に近くに立たれるとか、怖かったし嫌だったんだもん)

 亮平と和解したのはちょっと前だし、積もりに積もった鬱憤を「今日からなかった事にしましょう」とするのは、ちょっと無理がある。

(『すぐには無理だけど、努力する』って言おう)

 尊さんの言う事はすべて聞きたいけど、どうしても生理的に無理な事もある。

 そこはお互い、話し合っていけたらな、と思った。
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