部長と私の秘め事
 同時に「この人を幸せにできたら、私も本当の愛を知って幸せになれるかもしれない」と感じていた。

 本当なら誰かを好きになったら自ずと愛を知り、無条件で幸せを感じられるだろう。

 でも私は心から誰かを愛し、夢中になった事はなかったし、母や親友とのささやかな時間以外、幸せを感じ、満たされた事もなかった。

 昭人に強い未練を抱いていたのは、彼を心から愛していたからというより、九年一緒にいた人を失った喪失感からだ。

 付き合っていた当時、昭人から熱烈に愛されてたと感じた事はなかったし、彼を想って切なくなって涙を流す事もなかった。

 告白されて付き合い、ただ家族のように寄り添って一緒に過ごしてきただけ。

 それでも、昭人は私にとってとても大切な人だった。

 いっぽうで尊さんは、複雑な家庭環境が原因で愛してくれる女性に恵まれず、今日まで生きてきた。

(私たち、多分似た者同士だ)

 私は溜め息をつき、一口大にカットされたお肉を食べる。

 美味しい。

 ……けど。

 私は悔しさのあまり涙を流しながらモグモグと口を動かし、ゴクンと嚥下して溜め息をつく。

 尊さんはそんな私を見て、申し訳なさそうに謝ってきた。

「……悪かった。お前とデートしたくて飯に誘ったけど、こんな話をするもんじゃなかったな」

 彼はグスッと洟を啜った私の背中を、ポンポンと叩く。

「……いえ。タダ飯ですし」

 私は夜景を睨んで言い、もう一つお肉を口に入れる。

「ははっ、お前のそういうところ好きだよ。生命力を感じる。朱里はどんな状況になっても、諦めずに這いずって進む泥臭さがある。……俺はそういう『何が何でも』っていう意志の強さがないから、自分に欠けたものを持っているお前に惹かれたのかもな」

 そう言って、尊さんは笑う。

 多分彼はどんなにつらく理不尽な事が起こっても、こんなふうに軽く笑って受け流してきたんだろう。

 そんな彼が哀れで、愛しかった。

「……いつか、ちゃんと笑えるようになれたらいいですね。私が笑わせてあげたいです」

 私の言葉を聞き、彼は一瞬驚いたように瞠目する。

 そしてシニカルに笑い、ポンとまた私の背中を叩く。

「そうなれたらいいな」

 彼はそれ以上、自分の話をしなかった。

 恐らく、彼が抱える〝事情〟はもっと色々あるんだろう。

 けれど一度に言っても私を混乱させ、食事を台無しにすると思ったのか、今日は何も言わないと決めたようだった。

 食後は苺を使ったデザートが出て、口内の脂を払拭するような爽やかなそれを堪能する。

 尊さんはあまり甘い物が得意じゃないらしく、「食べるか?」と自分の分も私に譲ってくれた。

 すっかり食いしん坊認定されて恥ずかしいけど、甘い物は別腹だし、今さら恥じらっても仕方がない。

「このあとどうする? 帰るか?」

 食後のコーヒーを飲んでいると尊さんに尋ねられ、私は夜景を見ながら答えた。

「……私の話を聞いてもらってもいいですか?」

「勿論。どこにする?」

「じゃあ、ホテルで。ラブホでいいですよ」

「初めてお前とホテル行くっていうのに、安く済ませたくねぇよ」

 尊さんはそう言ってから私の頭を撫でる。

「酔ってないか? 飲ませるような事を言ったのは俺だけど、白も赤もカパカパいってたな」

「お高いワイン、美味しかったです」

「お前は酒が強くて頼もしいよ」

 尊さんは笑い、コーヒーをもう一口飲んだ。



**



 レストランを出た私たちは、そのまま近くにある高級ホテルに向かった。

 予約なしに行って泊めてくれるのか不安だったけれど、どうやら尊さんが持っているカードの恩恵で大丈夫らしい。

「こういうホテルって、満室にしないわけ。上客に急用があった時、コンシェルジュが手配して空いてるホテルに連絡を入れてくれる」

「へぇ、雲の上の世界。失礼ですが、尊さんって御曹司な訳ですが、部長職でも色々……?」

 金銭的な事を聞くのは失礼だけれど、そんなにお金持ってるのかな? と不思議に思ってしまった。

「まぁ、篠宮家に入ったあとは、身を守るためにとことん金を作ったな。父もそういう事に関しては協力的だったよ。投資やら何やら教えてくれた。母が俺のために遺していた金もあったし、現金を残しつつ余剰金でちょいちょい、と」

 ばか広い部屋で、私たちはソファに座って会話をしていた。
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