部長と私の秘め事
深く語る心の傷
いわゆるスイートルームというやつで、泊まれるのは嬉しいしテンション上がるけど、一晩を過ごすためにこんなに広い部屋は勿体ないと感じてしまう。
内装は奥ゆかしい上品さがあり、華美ではない。
私はシンプルなインテリアが好きなので、初めて訪れたスイートルームなのに、なぜか寛いでいた。
私はヒールを脱いで長ソファに横向きに座り、フカフカのクッションを抱える。
「簡単そうに言いますねぇ」
「学んだら楽しいよ」
「ふぅん……」
私は曖昧な返事をして、ワイングラスに入った濃厚な葡萄ジュースを飲み、グラスをテーブルに戻したあと、ふぅ、と息を吐いて口を開いた。
「私、中学二年の時に父を亡くしているんです」
自分と似た身の上だからか、尊さんは微かに瞠目する。
「父の事が大好きだったので、思春期も相まって心に深い傷を負ったんだと思います。当時は強がって、素直に泣く事ができませんでした。母は女性らしい……っていうのか、感情を素直に表す人で、優しくておしとやかなタイプなんです。『守らなきゃ』って思ったから悲しんでいられなくて、平気なふりをしているうちに、悲しむタイミングを逃してしまいました」
「……分かるよ、それ。俺も似た感じだった」
最初は、私的に話すようになったばかりの上司に、自分のトラウマに関わる事を話せないと思っていた。
でもレストランで尊さんの話を聞いた私は、「この人なら私の痛みを分かってくれるかもしれない」と感じたのだ。
「高校一年生の時に母が再婚しました。継父はいい人で、もとの奥さんとは病気で死別したそうです。母が誰かと交際しているのは知っていましたが、まさか再婚するとは思わなくて……。心のどこかで『お父さんを亡くしたばかりなのに再婚するの?』と責めた自分もいました。……でもいま思えば、母は路頭に迷わないように必死だったんだと思います。本当は再婚するまで時間を掛けたかったけど、私の進学を思うといつまでも母子家庭ではいられない……」
「そうだな。四年制の大学を卒業していなかったら、うちの会社には入れなかったと思う。……進学させてくれた親御さんに感謝だな」
「はい」
彼は一歩離れたところから冷静に意見を言ってくれる。
最初は「無茶苦茶な人だ」と思ったけど、今は確実に彼を信頼していた。
「継父には連れ子がいて、継兄は二つ上、継妹は二つ下です。……その二人が、……なんて言えばいいのかな……」
そこまで言って私は溜め息をつき、葡萄ジュースをまた一口飲む。
「継兄に性的な嫌がらせを受けたとかじゃないんです。ただ、普通に過ごしてきた仲のいい兄妹の中に〝他人〟が入った事で、歪みが生まれてしまったんだと思います。お風呂に入っている時、継兄が洗面所で歯磨きをした時や、家族で海やプールに行って水着になった時とか、……何となく継兄の反応が気になっていました。向こうもちょっと気まずそうで……」
「お前、胸でけぇもんな」
「言い方!」
言葉を選ばないストレートな言い方に、私はビシッと突っ込みを入れる。
「悪いけど、そんだけ存在感あると無視しろっていうのは無理があると思う」
「……まぁ、自分で言うと自慢ととられかねないですが、……そうですよね……。あまり大きすぎても邪魔なんですが」
私は体型だけなら細身だけど、胸がドンッと大きい。
シャツやブラウスを着るとパツパツになり、何回かボタンを飛ばしてしまった事もあった。
漫画みたいにパーン! と弾けはしないけど、地味に『あ、取れてる』ってなるので、気づいた相手も気まずくなる。
「……継妹はブラコンなんですが、それですっかり嫌われてしまって……」
「あー……」
尊さんは合点がいったというように何回か頷いた。
「分かりやすい嫌がらせとか、いじめはなかったです。兄妹ともに常識人でした。ただ、……なんだろう。……兄妹だけになると継妹が露骨に不機嫌になったり、継兄がソワソワしていました。だから申し訳なくて、家に居場所がなかったんです」
「分かる。うちも似た感じだった」
尊さんは溜め息をついて、皮肉っぽく笑う。
「すでに完成されてる家族に参加するって難しいよな。住んでいる家は他人の家で、私物以外は他人の物。自由に使っていいのか分からなくて、遠慮していたら『自分の家のように振る舞え』って言われるけど、そうもいかない」
「それ! 最初の半年ぐらいは安眠できなくて、ちょっと不眠気味でした。学校が変わらなかったのは幸いだったかな。あれで友達もいなかったら、どうなってたか……」
やっぱり尊さんは理解してくれる。
自分の中で一番デリケートな部分を打ち明けているのに、こんなに安心して話せる人がいるとは思わなかった。
内装は奥ゆかしい上品さがあり、華美ではない。
私はシンプルなインテリアが好きなので、初めて訪れたスイートルームなのに、なぜか寛いでいた。
私はヒールを脱いで長ソファに横向きに座り、フカフカのクッションを抱える。
「簡単そうに言いますねぇ」
「学んだら楽しいよ」
「ふぅん……」
私は曖昧な返事をして、ワイングラスに入った濃厚な葡萄ジュースを飲み、グラスをテーブルに戻したあと、ふぅ、と息を吐いて口を開いた。
「私、中学二年の時に父を亡くしているんです」
自分と似た身の上だからか、尊さんは微かに瞠目する。
「父の事が大好きだったので、思春期も相まって心に深い傷を負ったんだと思います。当時は強がって、素直に泣く事ができませんでした。母は女性らしい……っていうのか、感情を素直に表す人で、優しくておしとやかなタイプなんです。『守らなきゃ』って思ったから悲しんでいられなくて、平気なふりをしているうちに、悲しむタイミングを逃してしまいました」
「……分かるよ、それ。俺も似た感じだった」
最初は、私的に話すようになったばかりの上司に、自分のトラウマに関わる事を話せないと思っていた。
でもレストランで尊さんの話を聞いた私は、「この人なら私の痛みを分かってくれるかもしれない」と感じたのだ。
「高校一年生の時に母が再婚しました。継父はいい人で、もとの奥さんとは病気で死別したそうです。母が誰かと交際しているのは知っていましたが、まさか再婚するとは思わなくて……。心のどこかで『お父さんを亡くしたばかりなのに再婚するの?』と責めた自分もいました。……でもいま思えば、母は路頭に迷わないように必死だったんだと思います。本当は再婚するまで時間を掛けたかったけど、私の進学を思うといつまでも母子家庭ではいられない……」
「そうだな。四年制の大学を卒業していなかったら、うちの会社には入れなかったと思う。……進学させてくれた親御さんに感謝だな」
「はい」
彼は一歩離れたところから冷静に意見を言ってくれる。
最初は「無茶苦茶な人だ」と思ったけど、今は確実に彼を信頼していた。
「継父には連れ子がいて、継兄は二つ上、継妹は二つ下です。……その二人が、……なんて言えばいいのかな……」
そこまで言って私は溜め息をつき、葡萄ジュースをまた一口飲む。
「継兄に性的な嫌がらせを受けたとかじゃないんです。ただ、普通に過ごしてきた仲のいい兄妹の中に〝他人〟が入った事で、歪みが生まれてしまったんだと思います。お風呂に入っている時、継兄が洗面所で歯磨きをした時や、家族で海やプールに行って水着になった時とか、……何となく継兄の反応が気になっていました。向こうもちょっと気まずそうで……」
「お前、胸でけぇもんな」
「言い方!」
言葉を選ばないストレートな言い方に、私はビシッと突っ込みを入れる。
「悪いけど、そんだけ存在感あると無視しろっていうのは無理があると思う」
「……まぁ、自分で言うと自慢ととられかねないですが、……そうですよね……。あまり大きすぎても邪魔なんですが」
私は体型だけなら細身だけど、胸がドンッと大きい。
シャツやブラウスを着るとパツパツになり、何回かボタンを飛ばしてしまった事もあった。
漫画みたいにパーン! と弾けはしないけど、地味に『あ、取れてる』ってなるので、気づいた相手も気まずくなる。
「……継妹はブラコンなんですが、それですっかり嫌われてしまって……」
「あー……」
尊さんは合点がいったというように何回か頷いた。
「分かりやすい嫌がらせとか、いじめはなかったです。兄妹ともに常識人でした。ただ、……なんだろう。……兄妹だけになると継妹が露骨に不機嫌になったり、継兄がソワソワしていました。だから申し訳なくて、家に居場所がなかったんです」
「分かる。うちも似た感じだった」
尊さんは溜め息をついて、皮肉っぽく笑う。
「すでに完成されてる家族に参加するって難しいよな。住んでいる家は他人の家で、私物以外は他人の物。自由に使っていいのか分からなくて、遠慮していたら『自分の家のように振る舞え』って言われるけど、そうもいかない」
「それ! 最初の半年ぐらいは安眠できなくて、ちょっと不眠気味でした。学校が変わらなかったのは幸いだったかな。あれで友達もいなかったら、どうなってたか……」
やっぱり尊さんは理解してくれる。
自分の中で一番デリケートな部分を打ち明けているのに、こんなに安心して話せる人がいるとは思わなかった。