部長と私の秘め事
「何キャラですか。……えと、先に大事な所は自分でサッと洗いたいので、先にお風呂に入って後ろ向いててくれますか?」

「分かった」

 彼が浴槽に入っている間、私はシャワーでササッと秘所を洗う。

 そしてお湯に浸かろうと思って尊さんの後ろ姿を見て、悪戯心が芽生える。

「尊さん」

「ん?」

 彼は後ろを向いたまま返事をする。

「右手を上げてくれますか?」

「ん? ……ああ」

 尊さんは言う通り、右手を軽く上げる。

「左手上げて」

「『右手下げない』とか言うのか?」

「頭を下に」

「●ケキヨか!」

 突っ込まれ、私はケラケラ笑いながらバスタブに入った。

「尊さん」

「ん?」

「両手を上げて」

 彼は言われた通りに両手を上げ、私はススス……と彼の側に寄った。

「朱里ちゃんを抱き締めて」

「喜んで」

 そういう要望なら、と尊さんは笑顔で私を抱き締めてくれる。

 けれどなんだかむず痒くて、「ひひひひ……」と笑ってしまう。

「なんだよ」

「自分で〝ちゃん〟づけしちゃった。しかも『抱き締めて』とか」

 今のはノリでやったけれど、素だと恥ずかしくてなかなか言えない。

「いいんじゃないか? 朱里は可愛いし、どれだけでも甘えてくれよ。俺は甘えに飢えてるから」

「……の割には、係長が『話聞いてくださいよー』って泣きついた時は、軽くあしらってますよね」

「朱里限定だっつの。これ、これこれこれこれ」

 そう言いながら、尊さんは私の鼻先をツンツンつつく。

「やめて……っ、豚になっちゃう……っ」

「こうか」

 尊さんが私の鼻先をクニュと押し上げたので、思わず期待に応えて「ぶひぃ」と言ってしまった。

 その途端、尊さんは手を放して笑い始め、私もつられて笑う。

 二人で笑ってお湯をチャプチャプさせたあと、なんとなく二人で抱き合い、黙ってジャズに耳を澄ませた。

「……お前が愛しくて、どうにかなっちまいそうだ」

 けれどいきなりそんな事を言うので、照れて耳まで真っ赤になってしまう。

「おだてても、粗品ぐらいしか出ませんよ」

「使用済みタオル?」

「やだもう!」

 ペチンと尊さんの胸板を叩いたあと、また二人でクスクス笑う。

「……でも良かったぁ……。これで何かあった時、すぐに百合さん達の所に行けますね」

「……そうだな。もう少ししたら五月、六月になるし、母の日……とか、孫がやったら変かな」

「いいと思います!」

 私はパァッと表情を明るくし、うんうんと頷く。

「確かに、子供、孫世代から色々もらってるかもしれませんが、みんな尊さんの境遇は分かっています。『受け取ってほしい』って言ったら、きっと快くもらってくれますよ」

「そうかな。……じゃあ、あまり負担にならない物を考えておくか」

「はい!」

 返事をしつつ、私は自分のところの両親にも何か贈らないとな……とぼんやり考える。

「朱里」

「はい?」

 思考にふけっていたところ声を掛けられ、私は顔を上げて微笑む。

 尊さんは私を見つめて何だか複雑な表情をしていたけれど、ぎこちなく笑って言葉を続ける。

「また仕切り直しをして、指輪を決めに行かないとな」

「あっ、そうだった」

 私は泣く子も黙るハイジュエリーブランドの数々を思いだし、「うーん」とうなる。

「好きなのを選んでいい」と言ってもらえているのに、なかなか決められないなんて贅沢な悩みだ。

 そう思いながら、私は先日から感じている尊さんの違和感に、どう対応したものかと悩む。

 彼は多分、私に関する隠し事をしている。

 何度か話そうと試みているものの、とっかかりを見つけられず、打ち明けられずにいる……ように見える。
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