部長と私の秘め事
本当はそう思っている事を、誰よりも私自身が分かっているはずだ。
昭人を愛そうとして、失敗して、もう傷付きたくないと思い、尊さんに期待して、けれど恐くて――。
それでも、この人を信じて最後の恋をして、幸せになりたい!
「うぅー……」
涙を拭ったはずなのに、次から次へと新しい涙が零れてくる。
「泣くなよ」
尊さんは困ったように笑い、私の頭を撫でてチュッと額にキスをしてきた。
「……大嫌いだったのに……っ」
「人の心なんて、変わるもんだろ」
私は尊さんに抱きつき、うぐうぐと泣く。
「こんな最低な男を好きになるなんて……っ」
「おいおい、俺のどこが最低だよ。お前だっていい男だって言っただろ」
尊さんはおかしそうに笑い、私の横に寝そべると、胸元にキスをしてきた。
「~~~~だって、酔っぱらってる時に抱いたし、仕事中なのに会議室で二人きりになってきたし……っ、馬鹿じゃないの?」
「…………そうでもないと、お前、ガード堅すぎだろ」
「へ?」
彼の言う事の意味が分からず、私は目を瞬かせる。
すると尊さんは眉を上げて笑ってから、私の顎をとらえて自分を見させる。
「前から言ってただろ。ずっと『いいな』って思ってたって」
「……え? …………え?」
目を丸くして戸惑っていると、彼は苦笑いする。
「お前が職場で頑張ってる姿を見ていたし、不器用ながらガッツのある奴だなって感心してた。負けず嫌いで、悔しい事があったらすぐ目を潤ませるくせに、食らいついてくる。……まぁ、それを見て『泣かせてやりたい』って思ったのはまた別の話として」
「変態。最低」
私が文句を言って尊さんの胸板を押したあと――、二人で「ぶふっ」と噴きだして笑う。
「……お前の事が好きなんだよ」
少し笑ったあと、尊さんはしみじみと言う。
「……いつ頃から?」
すると彼は視線を斜め上に向け、考える。
「いつからだろうな? こういうのって、『この瞬間恋に落ちました』って、なかなかならないだろ。最初は普通に部下として見ていたけど、見守ってるうちに『あいつ面白いな』って思って、仕事以外の面でも気になっていった。俺、割とお前の事知ってるけど? コンビニおにぎりの具は、シーチキンマヨとしゃけが好きとか……」
「わっ、……わぁっ、キモッ」
そんなところまで見られていたと知らず、私は声を上げてまた尊さんの胸板を押した。
「キモいとか言うなよ。おっさんだから傷付く」
彼の言葉を聞き、私はとある事を思いだして顔面蒼白になった。
ある時、他部署の美人が尊さんに熱烈アプローチした。
私は『ふーん』と思って見守っていただけだけど、彼女を気にしていた後輩くんが『部長なんておっさんじゃないですか』と言っていたのだ。
(……まさか、あれを聞いていたなんて言わないよね?)
プルプルと震える私を見て、尊さんはニヤリと笑う。
「……まー、壁に耳あり障子に目ありだな。ちょっとやそっとじゃ怒らねぇけど」
そう言って、彼は羽布団をたぐり寄せて体に掛けた。
「……なんかすみません。途中だったのに……」
「いいよ。今日しかチャンスがない訳じゃないから。……体、冷えてないか?」
尊さんが私の肩に触れ、尋ねてくる。
確かにお風呂に入って盛り上がったあと、ろくに髪も乾かさずにベッドにきてしまった。
「……ドライヤーは掛けたいかも」
「じゃあ、風呂に入り直すか」
尊さんは立ちあがって全裸のままバスルームに向かい、私はバスローブを羽織って彼を追った。
「これからどうするつもりですか?」
再びジェットバスに浸かった私は、後ろから尊さんに抱き締められ、温まる。
お酒を飲んだのと、深夜になってきたのもあって、かなり眠たくなってきた。
「ん? あー……。まぁ、十二月内には継母にお前を紹介する」
「……私はもう覚悟を決めましたけど、……大丈夫ですか? 社長夫人、怒り狂いそう」
彼の継母が、かなり面倒な人なのは今までの話を聞いて分かった。
尊さんを信じて愛そうと決めたのは私だけど、社長夫人の不興を買ってクビになったり、悪い噂を流されるのは避けたい。
「んー、まぁ、怒るだろうけど、俺もあの人の弱みを握ってるから」
「……さすが……」
まさか社長夫人の弱点をすでに掴んでいたとは……。
「どんな……?」
「んー、またあとでな。先に手駒を全部披露したらつまんないだろ。敵を騙すには味方から」
そう言って、尊さんは私の頬にキスをした。
私はお湯の中で膝を抱え、あぶくで形を歪めた自分の脚を見る。
腹部には尊さんの腕が回っていて、私の脚の外側には彼の脚がある。
普段、スーツ姿の時はスラッとしているのに、こうして見ると男性の筋肉質な脚だと思い知らされ意識してしまう。
照れてしまうけれど、彼の脚を見てもう一つ思う事があった。
(……こんな関係になる前に尊さんの脚を見た事があるけど、彼は絶対覚えてないんだろうな)
自分で〝なかった事〟にしたから、彼に「覚えてないんですね」って言うのはお門違いだと分かっているんだけど……。
「……ねぇ、尊さん」
「ん?」
名前を呼ぶと、尊さんは優しい声で返事をする。
(……あの時の事、覚えていますか?)
私は心の中で尋ねる。
「なんだよ」
彼は笑いを含んだ声で言い、私の喉をくすぐった。
「……ううん、何でもないです」
――あれは、私だけの秘密にしておこう。
心の中で呟いた私は、彼に背中を向けたまま微笑んだ。
昭人を愛そうとして、失敗して、もう傷付きたくないと思い、尊さんに期待して、けれど恐くて――。
それでも、この人を信じて最後の恋をして、幸せになりたい!
「うぅー……」
涙を拭ったはずなのに、次から次へと新しい涙が零れてくる。
「泣くなよ」
尊さんは困ったように笑い、私の頭を撫でてチュッと額にキスをしてきた。
「……大嫌いだったのに……っ」
「人の心なんて、変わるもんだろ」
私は尊さんに抱きつき、うぐうぐと泣く。
「こんな最低な男を好きになるなんて……っ」
「おいおい、俺のどこが最低だよ。お前だっていい男だって言っただろ」
尊さんはおかしそうに笑い、私の横に寝そべると、胸元にキスをしてきた。
「~~~~だって、酔っぱらってる時に抱いたし、仕事中なのに会議室で二人きりになってきたし……っ、馬鹿じゃないの?」
「…………そうでもないと、お前、ガード堅すぎだろ」
「へ?」
彼の言う事の意味が分からず、私は目を瞬かせる。
すると尊さんは眉を上げて笑ってから、私の顎をとらえて自分を見させる。
「前から言ってただろ。ずっと『いいな』って思ってたって」
「……え? …………え?」
目を丸くして戸惑っていると、彼は苦笑いする。
「お前が職場で頑張ってる姿を見ていたし、不器用ながらガッツのある奴だなって感心してた。負けず嫌いで、悔しい事があったらすぐ目を潤ませるくせに、食らいついてくる。……まぁ、それを見て『泣かせてやりたい』って思ったのはまた別の話として」
「変態。最低」
私が文句を言って尊さんの胸板を押したあと――、二人で「ぶふっ」と噴きだして笑う。
「……お前の事が好きなんだよ」
少し笑ったあと、尊さんはしみじみと言う。
「……いつ頃から?」
すると彼は視線を斜め上に向け、考える。
「いつからだろうな? こういうのって、『この瞬間恋に落ちました』って、なかなかならないだろ。最初は普通に部下として見ていたけど、見守ってるうちに『あいつ面白いな』って思って、仕事以外の面でも気になっていった。俺、割とお前の事知ってるけど? コンビニおにぎりの具は、シーチキンマヨとしゃけが好きとか……」
「わっ、……わぁっ、キモッ」
そんなところまで見られていたと知らず、私は声を上げてまた尊さんの胸板を押した。
「キモいとか言うなよ。おっさんだから傷付く」
彼の言葉を聞き、私はとある事を思いだして顔面蒼白になった。
ある時、他部署の美人が尊さんに熱烈アプローチした。
私は『ふーん』と思って見守っていただけだけど、彼女を気にしていた後輩くんが『部長なんておっさんじゃないですか』と言っていたのだ。
(……まさか、あれを聞いていたなんて言わないよね?)
プルプルと震える私を見て、尊さんはニヤリと笑う。
「……まー、壁に耳あり障子に目ありだな。ちょっとやそっとじゃ怒らねぇけど」
そう言って、彼は羽布団をたぐり寄せて体に掛けた。
「……なんかすみません。途中だったのに……」
「いいよ。今日しかチャンスがない訳じゃないから。……体、冷えてないか?」
尊さんが私の肩に触れ、尋ねてくる。
確かにお風呂に入って盛り上がったあと、ろくに髪も乾かさずにベッドにきてしまった。
「……ドライヤーは掛けたいかも」
「じゃあ、風呂に入り直すか」
尊さんは立ちあがって全裸のままバスルームに向かい、私はバスローブを羽織って彼を追った。
「これからどうするつもりですか?」
再びジェットバスに浸かった私は、後ろから尊さんに抱き締められ、温まる。
お酒を飲んだのと、深夜になってきたのもあって、かなり眠たくなってきた。
「ん? あー……。まぁ、十二月内には継母にお前を紹介する」
「……私はもう覚悟を決めましたけど、……大丈夫ですか? 社長夫人、怒り狂いそう」
彼の継母が、かなり面倒な人なのは今までの話を聞いて分かった。
尊さんを信じて愛そうと決めたのは私だけど、社長夫人の不興を買ってクビになったり、悪い噂を流されるのは避けたい。
「んー、まぁ、怒るだろうけど、俺もあの人の弱みを握ってるから」
「……さすが……」
まさか社長夫人の弱点をすでに掴んでいたとは……。
「どんな……?」
「んー、またあとでな。先に手駒を全部披露したらつまんないだろ。敵を騙すには味方から」
そう言って、尊さんは私の頬にキスをした。
私はお湯の中で膝を抱え、あぶくで形を歪めた自分の脚を見る。
腹部には尊さんの腕が回っていて、私の脚の外側には彼の脚がある。
普段、スーツ姿の時はスラッとしているのに、こうして見ると男性の筋肉質な脚だと思い知らされ意識してしまう。
照れてしまうけれど、彼の脚を見てもう一つ思う事があった。
(……こんな関係になる前に尊さんの脚を見た事があるけど、彼は絶対覚えてないんだろうな)
自分で〝なかった事〟にしたから、彼に「覚えてないんですね」って言うのはお門違いだと分かっているんだけど……。
「……ねぇ、尊さん」
「ん?」
名前を呼ぶと、尊さんは優しい声で返事をする。
(……あの時の事、覚えていますか?)
私は心の中で尋ねる。
「なんだよ」
彼は笑いを含んだ声で言い、私の喉をくすぐった。
「……ううん、何でもないです」
――あれは、私だけの秘密にしておこう。
心の中で呟いた私は、彼に背中を向けたまま微笑んだ。