部長と私の秘め事
「怜香」

 見かねた社長は怜香さんを窘めたあと、尊さんに尋ねる。

「尊、彼女のご両親には挨拶をしたのか?」

 そう言われ、尊さんは首を横に振った。

「いいえ。普通なら先に朱里さんのご家族に挨拶するべきでしょうけど、俺は先に『好きな女性がいるので、丸木さんとの縁談はお受けできない』と伝えたかったのです」

 ……やっぱりお相手は丸木エミリさんなんだ。

 彼女の名前が出た途端、向かいの席に座っている風磨さんが僅かに表情を強張らせた。

 自分の恋人を継弟に宛がわれるなんて、屈辱だよね……。

 いっぽうで怜香さんは、まったく動じずに能面みたいな無表情で尊さんを睨んでいた。非情に怖い。

 尊さんはなおも続ける。

「何度も言っていますが、丸木さんは兄貴の恋人です。兄貴から彼女を取り上げて、弟と結婚させて面白いですか? これで兄弟仲が悪くなっても、溺愛している兄貴から恨まれても構わないんですか? 他に好きな人がいる男とお見合いをさせられる、三ノ宮(さんのみや)グループの春日(かすが)さんにも失礼です」

 三ノ宮グループっていったら、名門中の名門で、世界最古の歴史を持つ財閥の流れを汲む、大企業だ。

 銀行の他に金属工業、化学の分野に太い柱を作り、三ノ宮御三家と呼ばれている。

 東京タワーや東京ドーム、京都迎賓館も手がけた建設会社も抱えている、規格外の会社だ。

 そんなお嬢様とのご縁に飛びつきたくなるのは分かるけど……。いやぁ……ないわぁ。

 私は微笑みながらも、心の中ではドン引きしている。

 尊さんが反抗したからか、怜香さんは柳眉を逆立てて言い返す。

「私の決めた事に逆らうって言うの!? 風磨にいい結婚相手を探すのは当たり前でしょう!」

「僕は望んでいません」

 とうとう我慢できなくなった風磨さんが、押し殺した声で口を挟んだ。

 けれど怜香さんは聞く耳を持たない。

「あんな秘書なんかと結婚して、幸せになれる訳がないでしょう!」

「あんな秘書」呼ばわりされて我慢できなくなったのか、風磨さんは苛立って母に言い返す。

「言葉が過ぎやしませんか? 彼女は立派に仕事をこなしてくれています。社長だって僕だって、秘書なしに仕事はできません。個人的な感情で彼女を貶めるのはやめていただきましょうか」

 風磨さんに反抗されたのが堪えたのか、怜香さんは息子たちをきつく睨み、立ちあがった。

「とにかく、そんな低学歴な女性との結婚は認めません! 私の言う事を聞きなさい!」

 そう言ったあと、怜香さんは荒々しく個室を出ていった。

「はぁ……」

 私は止めていたように思える息を、大きく吐いた。

 最後に「低学歴」って本音が出たな……。

 ついでに「ブスの貧乏人」まで言ってくれたらフルコンボだドン。

 私は心の中で悔しい気持ちを茶化し、誤魔化そうとする。

 溜め息をついたからか、社長がすまなそうな表情で謝ってきた。

「上村さん、申し訳なかった。妻はあの通り、気難しい性格をしていてね」

 私は「いえ」と首を横に振り、微笑む。

 社長は私の反応を見て安心したように息を吐いたあと、言葉を続けた。

「私と風磨は、君と尊の結婚に反対しない。むしろ今まで決まった女性と付き合わなかった尊が、ようやく見つけた女性なら祝福したいと思っている」

「ありがとうございます」

 怜香さんにあんな反応をされ、もしかしたら社長と風磨さんにも反対されるかと思っていたので、私は安心して笑顔になる。

 すると風磨さんは私の気持ちを察したのか、苦笑いして言った。

「社長や副社長といえば気難しい存在だと思っているかもしれないが、僕は自分を〝普通〟の感覚の持ち主だと思っている。弟がせっかく紹介してくれた女性に母親があんな態度をとったのを非情に恥ずかしく、申し訳なく思っている。本当にすまない」

「いえ、お気になさらないでください。いきなり現れた私を気に食わない気持ちは理解できますし、お二人が反対しないと言ってくださった事には感謝しています」

 すると風磨さんは安堵して笑みを浮かべる。

「僕は付き合う相手を学歴や生まれで見ない。大切なのは性格や価値観、為人(ひととなり)だと思っている。上村さんは母に罵倒されても動じない、できた女性だと思うよ」

「ありがとうございます」

 こうやって話してみると、副社長はいい人だな。

 尊さんは『戸惑いながらも優しくしてくれた』って言っていたけど、きっと本当なんだろう。

「また日を改めて妻と話す場を設けよう。尊がせっかく好きな女性を見つけたのに、怜香の一存で断る訳にいかない。……それに私は、尊と丸木さんとの縁談にも反対だった」

 そのとき飲み物が運ばれ、私たちはとりあえず乾杯した。

「……あの、丸木さんって風磨さんの秘書ですよね? 社内でもちょっと噂になっていますが……」

 ウーロン茶を飲んだあとに切り出すと、風磨さんは苦笑いして言った。

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