部長と私の秘め事
「やっぱり社内で噂になってるのか……。でも隠すつもりはない。……僕は秘書のエミリと付き合っているし、同棲もしている」

 否定せずハッキリ言う風磨さんに好感を抱いた私は、ニコッと笑って応援した。

「ご結婚の報告、お待ちしております」

「ありがとう」

 風磨さんが人なつこい笑みを浮かべた時、先付が運ばれてきた。

 怜香さんは料理を食べずに帰ったので、キャンセル分は尊さんが支払う事になった。

 本当なら立候補してもう一人分食べたいぐらい美味しかったけど、そこは我慢だ。

 そんな感じで、尊さんのご家族との挨拶が終わった。

 ビルから出る時、風磨さんが声を掛けてきた。

「上村さん、もし良かったら今度エミリも加えて四人で会わないか? 母について情報共有をしておきたいんだ」

「はい、ぜひお願いいたします」

 その提案に快諾したあと、尊さんが二人に言った。

「朱里と俺が付き合っている事は内密にしてくれ。結婚に向けて動く前に騒ぎになって、朱里ともども職場にいづらくなるのは御免だから」

 彼がそう念を押すと、二人とも了承してくれた。





 ビルの前でお二人と別れたあと、私たちは近くのカフェに移動した。

 尊さんはコーヒーを頼んだけれど、私はパフェ活をする。

 彼に「すげぇ胃だな」と言われたけど、低学歴はやけ食いするものなのだ。

「本当に悪かった。ああなるとは思っていたけど、やっぱりだった。予想通りとはいえ、不愉快な想いをさせて申し訳ない」

「いえ。まず、どんな人なのか知れて良かったです」

 まずは敵の情報を知らないと、対策も練られない。

「おいし」

 私はパクパクとパフェを食べつつ、向かいに座っている尊さんを盗み見する。

 彼は微かに眉間に皺を寄せ、腕組みして窓の外を見ている。

「……あの、怒ってます?」

 尋ねると、彼は私を見て頷いた。

「……色々な。あの女が〝ああ〟なのは仕方ないとはいえ、朱里に酷い態度をとったのを見て『やっぱりか』って思った。……それとは別に、器の小さい男の戯言だが、お前が意外と風磨と打ち解けて少し妬いた」

「へへへ……。私は尊さんと付き合っているんですから」

 嫉妬していると言われ、一気にテンションが上がってしまった。

「喜ぶな」

 尊さんは呆れたように言い、そのあとに「仕方ねーな」と苦笑いする。

 彼を深く知る前は、『スペックはいいのに、ぶっきらぼうで愛想がない』と思っていた。

 けどちゃんと向き合ってみれば、この人は魅力の塊だ。

 確かに風磨さんのほうが物腰柔らかで王子様的な魅力があるけど、私は尊さんのほうがいいな。

「へへ……」

「何ニヤニヤしてんだよ」

 私はしばらくニヤつきながらパフェを食べ、「そういえば……」と思いだす。

「『今まで決まった女性と付き合わなかった』んですか? 期待する相手もいなかった?」

「……期待するだけ無駄だろ」

 彼は眉を上げてシニカルに笑い、ブラックコーヒーを一口飲む。

「……女性不信になりました?」

 今度はまじめな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。

「人を信じるって、結構エネルギーいるよな」

 その言葉が、何より彼のすべてを物語っていると思った。

「何人があなたのもとを去ったんですか?」

 私の質問を聞いて、彼は少し考える素振りを見せる。

「篠宮家に移ったのが十歳の冬。まぁ、当時はガキだったし、付き合うとかもなかったけど。……中学、高校、大学で何人かに告白されたけど、気がついたら相手に避けられたり、『好きな人ができた』と言われたりで疎遠になった」

「告白したのに自分から去るのか……」

 私はある意味感心して頷く。

「篠宮ホールディングスに入った当初、同期に元気のいい奴がいた。曲がった事が嫌いでまっすぐな奴で、随分その存在に救われた。……でもそいつは突然姿を消した。しばらく経ったあとに、彼女が消えた背後で継母が動いていたと知り、やっと誰とも長続きしなかった理由が分かった」

 その時の尊さんの絶望は、筆舌に尽くしがたいだろう。

「誰と付き合っても邪魔されると分かっているのに、俺は性懲りもなく誰かに愛されたいと願ってしまった。孤独だからというのもあるし、誰かに必要とされ、生きていていいんだと思いたかった。……でも、『こいつなら大丈夫』と思っても裏切られ、『次こそ』『今回は本当の愛だ』って頑張ったけど、……疲れちまったな。……大切に想うほど失うなら、もう誰も求めちゃいけないんだと思うようになっていった」

 絶望した話をしているのに、尊さんの顔はとても穏やかだった。

「期待しなくなると、すげぇ楽になるんだ。嫌われても憎まれても何とも思わなくなるし、誰かの顔色を窺う必要もなくなる」

 微笑んで話す尊さんが今にも壊れてしまいそうで、抱き締めたい衝動に駆られる。

 私はそれをグッと押さえ、まじめな顔で言った。

「私は裏切りませんよ」

「分かってるよ。信じてる」

 尊さんは穏やかな表情で頷く。

 この人は最初からこうだ。

 決して感情的にならず、焦らず、ゆったりと淡々と、目の前にある出来事を見つめて対応していく。

 事情を知らない人は、彼を「大人」と言うだろう。

 でも本当は、彼はあまりにも傷付きすぎて誰にも期待しなくなっただけだ。

 私たちは強く求め合い、信じて愛し合おうとしているのに、心はまだまだ遠いところにある。

 少しずつでもその距離を縮めていけたらいいな。

 心の中で呟いた私は、話題を変えた。

「副社長と秘書さんと食事する事になるって、予想外でした」

「エミリはいい奴だと思うよ」

「いきなりの名前呼び!」

 私は目を丸くして驚く。

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