部長と私の秘め事
「俺は恵ちゃんの話を聞きたいな」

 そう言われ、私は視線を逸らす。

「……言う相手が違うんじゃないですか?」

「相手が違うとは?」

 三日月さんは不思議そうに尋ねる。

「……あなたならお嬢様や美女とか、もっと相応しい人が大勢いるじゃないですか。ただのランド同行人なんて無視すればいいのに、どうして追いかけてきたんですか? そりゃあ子供みたいな態度をとったのは謝りますけど、頭を冷やしましたし、もういいでしょう」

 ――嘘だ。

 全然冷静になんてなれていない。

 彼を前にしているだけで、胸がドキドキうるさく鳴って堪らない。

 だから、私が私でなくなってしまう前に立ち去ってほしかった。

 三日月さんはしばし私を見つめていたけれど、微笑んで尋ねてきた。

「思い上がっているかもしれないけど、俺が上半身裸で出たから、意識させてしまった?」

 ――見透かされてる!

 悟った瞬間、カッと顔が熱くなって変な汗が出る。

「女性と一緒の泊まりなのに、無遠慮な登場の仕方をしてごめん。考えが足りなかった」

「……ちっ、違います……っ」

 彼に謝らせるのは違うと思い、私は煌びやかなロビーを見たまま返事をする。

 自分の部屋でなら裸になろうが自由だし、そもそも男性は上半身裸になっても公然猥褻罪にはならないだろう。

「じゃあ、他に何かある? 恵ちゃんは、尊と朱里ちゃんにはああいう態度をとらないと思うし、理由は俺しかないと思うんだけど」

 冷静に言われ、随分頭に血が上っていたと自覚した私は、静かに息を吐いた。

 ここまで分析されているのに「違います」と言えば、ただの子供の意地っ張りになってしまう。

 なるべく気持ちを落ち着かせた私は、彼について考えてみる。

(……確かに今日一日、三日月さんと過ごしても嫌じゃなかったかも)

 最初は『なんだこいつ』と思ったし、とんでもない御曹司だと知ったあとは住む世界が違う人認定し、何を言われても『はいはい』と受け流していた。

 でも三日月さんは〝いけすかない金持ち〟ではなく、思っていた以上に魅力的な人だった。

 圧倒的な美貌を誇る彼は、立っているだけで物凄い存在感とオーラがある。

 私と朱里がトイレに行った間、周囲の女性たちは美形の男二人を赤面して見ていたし、逆ナンしようとするつわものもいた。

 朱里は遠い目で『慣れちゃった』と言っていたけど、それぐらい魅力的なのは事実だ。

「…………あなたの事を素敵な人だと思いました」

 私は怒ったような表情で前方を向いたまま、ボソッと小さな声で言う。

「最初は『篠宮さんの友達のボンボンか』と思って、極力関わりたくなかったです。でも意外と話しやすいし、気さくで配慮のできる人だと分かって見直しました」

「俺はあんなに嫌そうな態度をとられたのは初めてだったから、とても新鮮だったよ」

「……すみません」

 私は自分が随分失礼な態度をとっていたのを改めて自覚し、反省する。

「多分、恵ちゃんの反応は間違えてないよ。親友と彼氏のダブルデートに知らない男が参加してきたら、尊の友達であっても少しは警戒するのが普通でしょ。初対面の男を見て目をハートにして、『結婚してください』って言うほうが変だと思う」

「……ぶふっ……。初対面でプロポーズされた事あるんですか?」

 笑って尋ねると、彼はクスクス笑う。

「尊いわく〝女性ホイホイ〟みたいだ。別に勘違いさせる事を言っているわけじゃないんだけどね。むしろ、勘違いさせないように変わり者っぽく振る舞っている……かな」

「わあ、初対面の質問攻めのアレ、わざとだったんですか? ……でも、篠宮さんから聴きましたけど、ゲテモノ食いは本当なんでしょう?」

「まあね。新しい世界を知るって面白いよ」

 サラッとそう言える彼は、やっぱり魅力的だ。

(想像していたのと、ちょっと違うよな……)

 私は小さく息を吐き、本音を話す。

「……私の知ってる〝金持ち〟って、安全圏から一般人を見下してる人なんです。でも実際に知ってる金持ちって篠宮さんしかいないし、彼はそういうタイプじゃない。だからステレオタイプなイメージだという自覚はあるんですけど。だから御曹司だって聞かされて、最初から拒否感がでてしまいました」

「……まぁ、富裕層って言われる人は少ないわけだし、実際に会った事がないと想像を膨らませるしかなくなるよね。映画やドラマに出てくるタイプをイメージするとか」

 こんな事を話しても、彼は嫌な顔一つせず理解を示してくれる。

「三日月さんって、下町とか行かなくないです?」

 ちょっと意地悪な気持ちで尋ねると、彼はニヤッと笑う。
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