部長と私の秘め事
 びっくりした私は声を出してしまい、そんな声を上げた事がないので、二重に驚いて手で自分の口元を塞いだ。

 とっさに彼を見ると、パチッと目が合う。

 すると三日月さんはクシャッと笑って「可愛い」と言った。

(~~~~っ、『可愛い』とか!)

 私は手を握られたまま、反対側を向いてプルプルと打ち震える。

「……っははっ、ホントに可愛いな。手を握っただけでこんな反応するなんて、ハグしたらどうなるの?」

 私は愉快そうな声を聞きながら、可動域の限界まで横を向いたまま、「……し、知りません……」と答える。

 すると三日月さんは両腕を広げ、「おいで」と微笑んだ。

「えっ……?」

(いきなり『おいで』と言われても……)

 脳裏に浮かんだのは、ご主人様のもとにまっしぐらな忠犬の姿だ。

(そういえば、両腕を広げたご主人様に、助走付きジャンプで抱っこされる犬の動画を見たっけ)

 その動画を見て「よほど信頼していないとできないだろうな」と思ったけれど、人間だってある程度同じだ。

 好意がなかったらハグなんてさせないし、自分に危害を加えないと信じられなければ、パーソナルスペースにも入れたくない。

 極端な話、治安の悪い所でなら、近づいただけで危害を加えられる可能性だってあるから。

(でも……)

 ニコニコしている三日月さんからは、純粋な好意しか感じられない。

 彼は大らかな雰囲気があるし、余裕のある立ち居振る舞いをしている。

 立ち姿一つにしてもゆったりとしていて、大体の人は彼に好意を抱き、安心感を抱くかもしれない。

(……いい人だって分かってるけど……)

 私は欄干にもたれ掛かっていた体を起こし、不安げな表情で三日月さんに対峙する。

 けれど男の人に抱きついた事なんてないから、ビビってしまって足が進まない。

 戸惑ったまま固まっていると、三日月さんが「ハグしても?」と尋ねてきた。

「……い、……いい、……ですけど……」

 どうしてツンデレみたいな答え方になってしまうのか。

 横を向いて黙っていると、彼は歩み寄って静かに私を抱き締めてきた。

「っひ、…………ぅっ」

 大きい。

 背の高い人だとは思っていたけど、抱き締められると私の顔は彼の胸元ぐらいになる。

 加えてめっちゃいい匂いがするし、温かいし、朱里みたいに華奢で柔らかくなく、筋肉質でしなやかな体をしてる。

 ――男の人だ。

 そう理解した瞬間、ブワッと全身の毛穴から汗が噴き出したように思えて、カッカッと体が火照ってくる。

(どうっ、……すればいいの……っ)

 ガチガチに固まって棒立ちになっている私の背中を、三日月さんはトントンと叩いてリラックスするよう促してきた。

 そして、耳元で囁く。

「ほら、可愛い」

「っっ~~~~っ!!」

 耳元で笑い混じりに言われた瞬間、ゾクッとして肩が勝手に跳ね上がる。

 とっさに両手で耳を覆ったけれど、三日月さんが手首を握って阻んだ。

「恵ちゃん、素直になって。俺は今、めちゃくちゃ君に譲歩してる。こういう事に慣れてない君が、少しずつ俺に心を開けるように優しく接している。君を好ましく思ってるから、優しくするのは当たり前だ。でも人生、手を差し伸べられた時に掴んでおかないと、あとから後悔する場合が沢山ある」

 言われて、恥ずかしくて身をよじらせていた私はハッとする。

 私が動きを止めたからか、三日月さんはさらに言った。

「男に慣れていない君に、すぐ答えを求めるのは酷だと分かっている。でも俺は尊みたいに十年以上も好きな子を見守る気の長さはない。短気でもないけどね。……付き合うって、お互い協力していかないと成功しない。怖くて不安なのは分かるけど、色々前向きに検討してみない?」

「……つ、付き合う……?」

 寝耳に水な事を言われ、私は思わず顔を上げて目を瞬かせた。

「男と女が出会って、手を握ってハグをしたあとは、大体恋愛的に求め合うものだと思う。……それともこの二泊三日だけで終わらせておく? 恵ちゃんが望まないならもうこういう事はしないし、言わない。このグループデートが終わったあとも連絡しない。……それでもいい?」

 試すように言われ、私は目を潤ませて彼を睨む。

「……ずるい」
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