部長と私の秘め事
 三日月さんは自分の望む答えを引き出そうとしている。

 私が断らないって分かっていながら、こういう言い方をしている。

 けど、そうされなければ、私は自分から「イエス」を言えない恋愛初心者だという事も分かっていた。

「恋愛って、押して引くんだよ。押してばかりでも嫌われるかもしれないし、リードされるのが好きな女性は、押してばかりの男にすべてを委ねてしまうだろう。だから時には引いてみる。引いて焦ってくれたらこっちのもん。慌てて追いかけてきたところを、ギュッとする」

 言いながら、三日月さんは私をギュッと抱き締めた。

 そして、また目を丸くして固まった私を見て優しく笑う。

「……翻弄されてるみたいでドキドキするし、弄ばれてるみたいで悔しい」

 ボソッと呟くと、彼は嬉しそうに微笑む。

「慣れてないとそう感じるだろうね。ドキドキするのは嫌い? 俺は『恵ちゃんは次にどんな顔を見せてくれるんだろう?』って楽しみでならない。何が入ってるか分からない、プレゼントの箱を前にしてる気持ちだ」

 そう言った三日月さんの目は、キラキラ楽しそうに輝いている。

「……恋愛的に翻弄される事に慣れてないです。期待して……、裏切られたら怖い。好意を向けたのに返されなかったら……とか、会いたいのに『会えない』って言われたら、落ち込みそうで怖い。……朱里を遊びに誘って断られた時だって、そこそこ落ち込んでるのに。……私、三日月さんが思ってるより重たいと思いますよ。……人に裏切られたくないから、仙人みたいにソロキャンして火を見て孤独を楽しんでいるんです」

 私の言葉を聞き、彼はクスクスと笑う。

「キャンプ好きなら、記念すべき第一回のデートはキャンプかな。恵ちゃんの手際も分かるし、いざという時のサバイバル能力も分かる」

「……デートって……」

「まだ何も言ってないのに」と思って彼を見ると、パチンとウインクされた。

「一緒にドキドキしようよ。俺だって今、君に断られないかドキドキしてる。何にも心を動かされない人になりたいなら、円熟し、達観した大人になるしかないね。けどそういう印象のあるご高齢の人は、みんな若い時に色んな経験をしていんだ。だから『人生そんな事もあるさ』って思えるようになるんだよ。それに、歳を重ねたからといって全員何事にも動じないかと言われれば、それも違うしね」

「……確かに、それはあるかも……」

 彼の言う事に一理あると思った私は、コクンと頷いた。

「もし俺の心変わりを心配しているなら、ここまで迫っておいて捨てるなんて事、絶対にしないから安心して。そんなクソ男じゃないから、信頼してほしい」

 そう言われ、ドキンッと胸が高鳴る。

「こう言うと高慢だと思うだろうけど、俺はその気になれば大体の女性とは付き合える。そんな俺が興味を持ったんだ。もっと自分に自信を持ってよ。恵ちゃんは魅力的だし、価値のある女性だ。仕事で忙しかったり、体調が悪かったら応えられない事もあるけど、メッセージをくれたら必ず返すし、デートに誘ってくれたら喜んで応じる」

 そこまで言うと、三日月さんはジャケットのポケットに手を入れて小さな箱を出した。

「えっ?」

 驚いて目を瞬かせると、彼は箱の蓋を開け、中からシャンパンゴールドのリングを出す。

 ランドの物だからキャラ物だけど、パッと見るとシンプルなデザインで、よく見るとラビティーの小さなシルエットがドット模様のように刻まれ、小さなクリアストーンが嵌まっている。

 びっくりして固まっていると、三日月さんは魅力的に微笑んで私の手をとった。

「いきなり指輪は重たいだろうけど、エンゲージでもマリッジでもない、ただのアクセサリーだと思って。でも裏切らないって〝約束〟の印だと思ったら、気持ちが安らぐだろ?」

 そう言って、彼はスッと私の左手の薬指にリングを嵌めた。

「男から指輪を贈られるのは初めて?」

 尋ねられ、私はコクコクと頷く。

「よし、じゃあ初めてもらった」

 ニカッと笑った三日月さんの顔を見て、私は真っ赤になるとヘナヘナと欄干に寄りかかってしまった。

「もう……、無理……。……何なの……、この人……」

 心臓はドキドキバクバクしていて、爆発寸前だ。

 三日月さんはしゃがみ込んだ私を見て、楽しそうに微笑んでいる。

 私は嵌められてしまった指輪を見て、彼を見上げ、「くぅ……」と歯噛みする。

「……女ったらしって言われるでしょう」

 悔し紛れに言うと、彼は眉を上げて笑った。

「おや、心外だな。こんなに気を遣うのは恵ちゃんが初めてだけど」

「嘘だぁ……」

 胡散臭そうな顔をすると、三日月さんも私の傍らにしゃがむ。
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