部長と私の秘め事

更けていくシーの夜

(えっと……、えっと……)

 私――、中村恵は部屋に入ったあと、その豪華さを満喫する暇もなくソファに腰かけ、固まっている。

「恵ちゃん? 先にサッとシャワー入っちゃうけどいい?」

「はっ、ハイッ」

 涼さんはリラックスモードで、初めて会う女子と同じ部屋に泊まる事をなんとも思っていないみたいだ。

「慣れてるのかな」と思うと、ちょっと悔しい。

 固まっているうちに彼はバスルームに行き、やがて水音が聞こえてきた。

(今……、彼、全裸? シャワーブースで全裸? MAPPA?)

 クワッと頭に血が上ったあと、私は自分を落ち着かせるべく深呼吸する。

(いや、何もしないって言ったし。添い寝って言っても隣に転がってるだけ。抱き枕と同じ。…………!? 抱き……っ!?)

 自分の考えに翻弄され、私はワタワタと手の前で両手を振る。タコ音頭か。

 たまに腰が痛くなった時に抱き枕を使っているけれど、あれが涼さんだと思った時点で即、脳内が詰んだ。

(無理でしょ!)

 頭の中に某有名塾講師が浮かび、なんならその手のジェスチャーもつけつつ、私は心の中で突っ込む。

(落ち着け……。朱里が一人、朱里が二人、朱里が三人……。可愛い……)

 脳内で小さな朱里がポコポコ登場し、目の前のテーブルの上でかけっこしたり、スキップしたり、不思議そうな顔でこちらを見る妄想をする。

 そんな妄想を日常的にしていたぐらい、朱里の事が大好きだったはずなのに、今は私の頭の中を涼さんが侵食してくる。それが慣れなくて嫌だ。

(〝大切〟が変わるかもしれないって、こんなに不安な事なんだ)

 今までは朱里が一番で、結婚できなくても友達枠なら一生側にいられると思っていた。

 一緒にいるためなら愛のない結婚だってするつもりでいたし、そんな歪んだ想いを持つ私を朱里も受け入れてくれていたから、余計にその考えを正当化しようとしていた。

 朱里は女性だし、親友だから私に危害を加えない。

 可愛くて美人で自慢の友達で、彼女を守るという崇高な信念があったから、今まで強い中村恵をやってこられた。

(……でも、男性に守られる自分って想像してなかった)

 守ってほしいと思っているわけじゃないけど、涼さんの高スペックを前にすれば、私はあらゆる意味で劣っていると認めざるを得ない。

 涼さんは「隣を歩いてほしい」と言っていたけれど、もしも今後ずっとお付き合いが続いていくなら、色んな面で彼を頼る場面が発生するだろう。

 そうなると、自立した大人の女性としての自分が揺らぎそうで怖かった。

 いや、弱さを認めるというべきか……。

(……女って不便だな)

 そんなふうに思ってしまう私は、恋愛に向いていないのかもしれない。

(私はどんな付き合いをしたいんだろう)

 長ソファに仰向けになった私は、溜め息をついて目を閉じた。

 でも涼さんの事を考えると混乱してしまいそうなので、今回のランドとシーを振り返る事にした。

 以前にも朱里と遊びに来た事はあったけど、みんなが憧れるラビティーのホテルに泊まれるなんて思わなかった。

 ひとえに朱里をだだ甘やかしている篠宮さんのお陰だから、あとでお礼を言わないと。

 ……金額の事を考えたら失礼だけど、ただでさえ高いラビティー関連を四人分となったら、軽く三桁万円は超えている気がする。

(しかもスイートだしな……)

 篠宮さんの住まいは物凄いセレブマンションだし、何百万という金額でも大して痛くないんだろう。

 朱里は無事に婚約指輪、結婚指輪が決まったと言っていて、気に入ったデザインの物に満足してたようだった。

 けれど篠宮さんは海外ラグジュアリーブランドの何百万もする物を買うつもりでいたのか、『ちょっと肩透かしを食らったような顔をしてた』とも言っていた。

 私からすれば何十万っていう指輪でも相当高価だけど、篠宮さんレベルの人はその辺がバグってるんだろうな。

(……涼さんはそれ以上なのかな)

 比べたら失礼だけれど、彼は三日月グループの専務と言っていたけれど、傘下の会社を合計すれば、軽く篠宮ホールディングスを上回る大きさだ。

 毎日、テレビでもネットでも、街を歩いたら銀行や不動産、色んなところで三日月の文字を見る。

(そんな所の御曹司に目を付けられたとか……、やっぱりバグなのでは?)

 考えながらふくらはぎを揉んでいると、「やっぱり疲れたんだね」と涼さんの声がした。

 ハッとして目を開けると、風呂上がりの涼さんが私を見下ろしている。

「うわっ! あのっ!? いでっ!」

 脚を上げ、反動をつけて起きようとした時、足をテーブルにぶつけてしまった。
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