部長と私の秘め事
「大丈夫?」

 心配した涼さんが私の足をとろうとしたので、とっさに足を上げてしまった。

 靴は脱いでいる……とかの問題ではなく、一日歩いて蒸れた靴下の足だからこそ、触られたくない。

 なら、とっととお風呂に入れって感じだけど、それもまた緊張する。

「……だいっ、……じょうぶ、です……」

 私は歯を食いしばり、涙目になりながら答える。

「ふくらはぎ、揉んであげようか?」

「いっ、いや……っ……、その、一日遊んで汗掻いてるので!」

「ああ、女子は気になっちゃうよね。またイヤフォンしてるから、お風呂行っておいで」

 こうやって話していると、物分かりが良くて「大人だなぁ……」と感じる。

 私は何かにつけて、子供みたいに焦ってしまっているのに。

 涼さんはミニバーからミネラルウォーターのペットボトルを出し、ゴクゴクと飲み始める。

「……じゃ、じゃあ……、行ってきます」

 私は変にかしこまりつつ、バスタオルに下着を挟み、パジャマを持ってそそくさとバスルームに入った。

 浴室内はほんのりと湯気が残っていて、涼さんがお風呂に入った直後だと分かる。

 彼は私のためにお湯を貯めてくれたみたいだけど、気遣ってか自分では浸かっていないようだった。

 加えて、使ったシャワーブースの中も可能な限りバスタオルで拭いてあるし、排水口も綺麗。加えて洗面所の使い方も綺麗だ。

(こんなに気遣いができる人、モテて当然でしょ……)

 溜め息をついた私は、涼さんが美女とホテルに泊まった時の事を妄想し……、「あああ!」と小さくうめいてから両手で自分の頬を叩き、何も考えないようにして髪と体を洗う事にした。





 ドライヤーを掛けたあと、私は鏡の前で変な所がないか確認し、緊張しながらバスルームを出る。

 涼さんはバスルーム側のベッドの上に座り、耳にイヤフォンをつけたままタブレット端末を見ていた。

「……い、いただきました」

 ペコッと会釈をした私は、ぎくしゃくとした足取りで窓際のベッドに乗り、モソモソ……と布団に潜る。

「あれ、もう寝ちゃうの?」

 するとイヤフォンを取った涼さんに尋ねられ、私は前を向いたまま固まる。

「よ、夜なので」

「そうだけど、明日は帰るだけだから少しゆっくりしようよ。俺、もう少し恵ちゃんと話してみたいな」

 胡座をかいてこちらを見る涼さんは、ワクワクした顔をしていて、期待に応えないとなんだか悪いような気がしてくる。

「……あんまり面白い話はできませんけど」

「綺麗なオチのある落語を披露しろなんて言ってないよ」

 涼さんはクスクス笑い、少し考えてから尋ねてきた。

「ストレートに聞いて悪いけど、今まで彼氏はいた?」

「あー……、三人ぐらい。でも長続きしませんでした」

「理由は?」

「……うーん……。大切にできなかったし、異性として意識もできませんでした。……好きになってキスしたいとかイチャイチャしたいとかの前に、……『気持ち悪い』って思っちゃうんです。そのスイッチが入ったらもう駄目で、『無理』って言って別れました。一番続いて半年だったかな……」

 それぐらい、私は友人の中で〝長続きしない女〟として有名だった。

 あとになってから女子会で『○○くん、特に悪くなかったじゃん』と言われ、確かに悪い人ではなかったけど、どうしても好きになれなかった。

「そういう事を繰り返すうちに、相手に申し訳ないから応えるのをやめたんです。……好きな人に想いが届かないからって、間に合わせで付き合っていたら相手にも失礼だから」

「……〝好きな人〟は朱里ちゃん?」

 尋ねられ、私は膝を抱えてコクンと頷く。

「……でも、分かってます。私と朱里は同性同士で、彼女には篠宮さんがいる。どう足掻いても報われない想いだったんです」

「下世話な話だけど、朱里ちゃんに肉体的な性欲を抱いた? それともプラトニックのみ?」

「……プラトニックだと思います。確かに『抱き締めたい』とかは思いましたけど……。あの子、見ての通り胸が大きいからたまに揉ませてもらったり、スキンシップの範囲でイチャイチャはしました」

「ご家族とはスキンシップがあるほう?」

「いえ。もうお互い、いい大人ですし、子供の頃みたいに兄貴に叩かれたりもなくなりました。両親もベタベタする人じゃないです」

「うーん……」

 涼さんは少し考えてから、申し訳なさそうに言った。
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