部長と私の秘め事
「気を悪くしたら申し訳ないけど、多分ご家族がややドライなだけに、恵ちゃんは無意識に朱里ちゃんから温もりを分けてもらい、愛情を注いでもらおうとしていたのかな。いやらしい意味じゃなく、柔らかいものに触れると安心感を抱くって言うし、そういうのもあったと思う」

 そう言われて、自分の想いを否定されたような気がして少しガッカリするも、納得する自分もいた。

「痴漢に遭った事、ご家族に言えてなかったんだよね? そんな目に遭ったらズタズタに傷付いて、誰かの愛情に包まれて安心したいと願ってもおかしくない。恵ちゃんは朱里ちゃんにだけ秘密を打ち明け、彼女に慰めてもらった。……だから余計に特別に思えたんじゃないかな」

 彼が言いたい事を察し、私は溜め息をつく。

「……〝刷り込み〟みたいな感情だったと?」

 すると涼さんは、また申し訳なさそうに笑う。

「傷つけたならごめん。ただ、君は俺を意識してくれているし、今までも男性と付き合っていた。同性が恋愛対象ではないみたいだし、朱里ちゃんが特別なのはその通りなんだろうけど、痴漢に遭った出来事がなければ、今みたいな特別感は抱いていなかったと思うよ」

 第三者に冷静に分析され、今までの自分のクソデカ感情がただの怯えからの好意――吊り橋効果みたいなものだったと言われ、確かに落胆はしている。

 でも心のどこかで「やっぱりそうだったのか」と思う自分もいた。

「……男子もかもしれませんが、女子って特に依存し合う傾向がありますよね。つるまないとトイレに行けないとか、ああいうのにも似てるのかも。……私は、……弱かったから朱里に縋った。……あの子はもともと一人で行動するのに抵抗がない子だったのに、傷付いた私を哀れに思って受け入れてくれた」

 衣擦れの音がして顔を上げると、涼さんがベッドから下りて私のベッドに腰かけた。

 そして優しく頭を撫でてくる。

「この話を始めたのは俺だけど、そこまで自分を卑下しなくていいよ。……俺が言いたかったのは、その寄りかかりたい想いを、これからは朱里ちゃんじゃなくて俺が請け負うよって話」

 そう言われ、私は静かに瞠目する。

 ――この人……。

 知らないけど、いつの間にか目が潤んでしまって、泣きそうになる。

「……クソ重たいですよ。『痴漢に遭って男性不信になってるから慰めて』っていう重たい感情を、私は今まで朱里にぶつけていたんです。あの子は優しいし、他に友達があまりいないから受け止めてくれた。……でも……」

「俺に任せて。恵ちゃんも、そろそろ君を大切にする男を信じて、楽になっていい頃だと思う」

 優しく笑われ、ボロッと涙が零れた。

「~~~~っ、……なんで、……そんなに優しくするんですか……っ」

 このままじゃ、今までの私がボロボロと崩れて別の生き物になってしまいそうだ。

 変わってしまう事は怖い。

 でも、彼の手をとって変わる勇気を持たないと、きっと私は今後も親友に報われない感情を抱いたまま、誰の手をとる事もなく生きていく気がする。

 今日、朱里が言っていた。

『私は恵とママ友になりたいな。お互い家庭を持ってこれからも尊さんと涼さんも親友同士のまま、四人で付き合っていけたら最高じゃない?』

 そう言った彼女は、知らない間にとても強く頼もしくなったように見えた。

 今までは田村に翻弄される彼女を見て、『私が側で支えないと』と強く思っていたのに……。

 篠宮さんと付き合うようになってから朱里はとても幸せそうに見え、目に見えて明るくなった。

 以前ほど必要とされていないと思うと寂しいけれど、朱里は私に守られる事ではなく、二人で〝妻〟になって同じ幸せを得る事を望んでいた。

 ソロリと顔を上げると、穏やかに微笑んでいる涼さんがいる。

「恵ちゃんを見ていると『放っておけない』っていう気持ちになる。こんな気持ち、俺も初めてだよ」

 彼は私の頭を優しく撫でて言う。

「痴漢に遭った事も含めて、今までつらい目に遭ったのに一人で頑張ってきたんだなって思うと、いじらしくて抱き締めたくなる」

「…………っ」

 いじらしいなんて言葉、私に似合わない。

 サッと頬を紅潮させて俯くと、涼さんは私の顎に手を掛けて顔を上向かせた。

「君は守られるべき女の子なんだ。それを自覚して」

「~~~~っ、そんっ、な……っ」

 血液が沸騰しているかのように、全身が熱い。

 ポッポッと体が火照って堪らず、お風呂に入ったばかりなのに変な汗を掻いてしまいそうだ。

「恵ちゃんは可愛い。俺が出会ったどの女の子より可愛いよ」

 甘い言葉がくすぐったくて、私は真っ赤になって俯く。
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