部長と私の秘め事
「強がっているところも可愛いけど、もっとたっぷり甘やかして安心させてあげたい。俺を信頼してくれたら、『世界で一番大切にされてる』って思えるよ」

 涼さんは座り直して距離を詰め、両腕を開いた。

「おいで。抱き締めさせて」

 その言葉を聞いて、胸の奥が甘酸っぱく疼く。

 彼はいつも、私の意志を大切にしてくれる。

 その気になれば強引に自分から抱き締めたり、キスをする事だってできるはずだ。

 なのにモテ男の余裕なのか、大人の余裕からか、涼さんはがっつかず、私に決めさせる。

 手を握る程度なら自分からするけど、抱き締める以上の事はちゃんと私の意志を窺ってくれる。

 そこが、――――好きだ。

 私は覚悟を決めると、両目をギュッと閉じて彼に抱きついた。

「んっ」

 ……………………いい匂いがするっ!

 同じボディソープを使ってお風呂に入ったはずなのに、どうしてだろう。

 それに朱里とはまったく違う、すっぽり包み込むような体の大きさを感じると、彼が〝男〟なのだと思い知らされる。

「可愛いね、恵ちゃん。大丈夫。俺は君を害さないよ」

 囁くように言った涼さんは、私の額に唇を押し当て、トントンと背中を叩いてくる。

 ガチガチに緊張していたはずなのに、気がついたら私は少しずつ体の力を抜いていた。

 胸の高鳴りは落ち着かないけれど、不安は多少解消されたと思う。

「嫌じゃない?」

 尋ねられ、私はコクンと頷く。

「……じゃあ、このまま添い寝してみる?」

 言われて失念していた事を思いだし、私はビクッと体を震わせ顔を上げる。

 すると目の前に物凄い美形の顔があり、それを直視できない私はグリンッと横を向く。

「そんな真横を向かなくても……」

 涼さんはクックッと笑い、私を抱き締めたままポスンとベッドの上に横になった。

「わっ」

 マットレスの上で僅かに体をバウンドさせた私は、男性と同じベッドに寝ている現実にまた赤面する。

「デリケートな質問をするけど、元彼とはどれぐらいの事までした?」

 涼さんに背中を向ける事もできないので、私は俯いたままボソボソと答えた。

「……キスまで。……そのキスも、何とも思わなかったし、むしろ気持ち悪かったです」

「じゃあ……」

 彼は私の頬に手を添えると、小指にクッと力を入れて私の顔を上げさせる。

「俺とキスしてみる?」

「えっ」

 驚いて目を見開くと、涼さんの綺麗な目と視線がかち合う。

 固まっている間、私は彼の顔をしげしげと見つめてしまった。

 彼は日本人離れした美貌を持ち、目元の彫りの深さやくっきりとした二重は、まるで欧米人だ。

 肌も一般的な日本人より白いように思えるし、海外の血が入っていると言われても驚かない。

(……でも、容姿に関する事を言われたら嫌がるかも。自分が美形なのは嫌ってほど分かってるだろうし、それが元でトラブルがあってもおかしくない。外見が理由でモテて喜ぶタイプなら、もっとナルシストだっただろうし)

 そこまで思い、改めて理解した。

(そっか。この人、全然自慢しないんだ。自分がお金持ちの坊ちゃんである事や、美形、モテるっていう〝事実〟は口にするけど、それらにあまり価値を見いだしてない)

 納得したあと、スッと胸の奥に「だから好きなんだ」という言葉が染み入っていく。

「……ん? どうした?」

 ――と、涼さんがクスッと笑って私の頭を撫でてくる。

 ハッとした私は「い、いや……」とキスの事を思い出し、「無理無理無理……」と俯いた。

「生理的に無理?」

 けれどそう尋ねられ、「ちっ、違います!」とまた顔を上げた。

「……は、恥ずかしい……」

 でも羞恥と彼の顔の良さとで、また俯いてしまう。

 しばらくそのまま視線を落としていると、涼さんが「はぁ……」と溜め息をついたのが聞こえ、ギクッとする。

 ――呆れられた?

 そう思った瞬間、彼が言っていた言葉を思い出す。

『俺は今、めちゃくちゃ君に譲歩してる』

 そうだ。涼さんはその気になれば、もっと物分かりのいい女性と付き合える人だ。

『でも人生、手を差し伸べられた時に掴んでおかないと、あとから後悔する場合が沢山ある』

(頑張らないと)

 顔を震わせながらゆっくり上げた時、涼さんが呟いた。
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