部長と私の秘め事
「多分、お兄さんたちなりに心配してるんじゃないかな。子供の頃、お兄さんたちに嗤われて傷付いた事を、お母さんに言った?」

「……はい。そのフリフリワンピを着た日の夜に泣いて訴えて、そのあとはノータッチですが」

 当時はとても傷付いて、癇癪を起こして『こんな物二度と着ない!』と母の前で床にワンピースを叩きつけた。

 そのあとベッドの中で泣いた時、兄や友達への怒りや羞恥の他、『せっかくお祖母ちゃんが買ってくれたのに』という罪悪感にも苛まれ、しばらく鬱々と過ごしていたものだ。

「お母さんはそれを〝なかった事〟にしていないと思うよ。自分の娘がスカートを穿かない事を〝娘の選択〟として尊重しつつも、トラウマができた事を心配していると思う。きっかけとなった出来事を分かっている訳だから、上手くフォローできなかった自分を責めてるんじゃないかな」

 涼さんは私の頭を撫で、優しい声で続ける。

「そして多分、お母さんはお兄さんたちに謝らせたはずだ。違う?」

「……そう、……ですけど」

 確かにその出来事のあと、母はブチ切れて兄二人に『謝りなさい!』と言っていた。

 傷付いた私は謝罪を受けてもなかった事にはできず、『いいよ』と言いながらも、そのあとずっとスカートを拒否し続けた。

「……今、兄貴たちが私にプレゼントをしてくるのって、罪滅ぼしでしょうか」

「だと思うよ。申し訳なく思っているけれど、今さら話題にして改めて謝るのも照れくさいし、大人になった恵ちゃんの選択を自分たちが左右できるとも思っていない。だからせめて、『こういうのも似合うと思う』っていう意味で贈り物をしてるんじゃないかな」

「はぁ……」

 ずっと抱えていたモヤモヤの整理ができて、私は溜め息をつく。

「今のお兄さんたちは、恵ちゃんに申し訳なさを感じている。自分たちから女性らしいプレゼントをするぐらいだし、スカートを穿いても嗤われる事はないと思うよ」

 順序立てて説明され、心の奥底にあった魚の小骨みたいなものが、かなり小さくなったのを感じた。

「それで多分だけど、百貨店で会った友達のほうは、思った以上に恵ちゃんが可愛かったから嫉妬したんじゃないかな」

「え? 嫉妬?」

 私は目を瞬かせて聞き返す。

 その女の子はクラスの中でも目立つタイプで、流行のものに敏感でお洒落で、みんなに憧れられている子だった。

 そんな彼女に、山猿みたいだった私が嫉妬されるなんてあり得ない。

「……これは俺の経験則だけど、小学生当時はお洒落に気を遣ってる子より、優しい子とか、話していて楽しい子に好感を持った。俺自身『格好いい』って見た目だけで告白されて嫌だったから、女の子も必ずしも顔の可愛い子がいいとは思えなかったんだ」

 小学生の涼さんって想像できないけど、きっと物凄い美少年だったんだろうな。

「それで想像だけど、小学生から見た目に気を遣っているタイプの子は、そういうものを気にせず元気に駆け回っているタイプの子を見て『ああなれない』って感じると思う。精神的に早熟な子は、もう無邪気な頃には戻れないんだ。……女の子あるあるだけど、『○○ちゃんは元気でいいよね』って褒めながら、恋のライバルにはならないと見下している。だから枠外にいた恵ちゃんが、ある日女の子らしい格好をして、とても可愛かったから危機感を抱いたんじゃないかな」

 複雑な乙女心を説明され、私は納得すると同時に素直な感想を口にする。

「……随分女性の心理に詳しいですね」

「二つ上の姉と、二つ下の妹に挟まれてるから……。四つ下の弟には、色々と処世術を教えたよ」

 彼が遠い目で言うものだから、私は思わず笑ってしまう。

「これで大体は納得できたと思うけど、恵ちゃんがスカートを苦手に思っている理由の根幹には、やっぱり痴漢された事が強く関わっているだろ?」

 確信を突かれ、私は少しだけ体を緊張させる。

「変な意味じゃなく、痴漢された時にどう感じたのか教えてほしい。今はもう犯人はいないし、恵ちゃんを害さない。俺がついているから、……過去の傷に立ち向かってみないか?」

 そう言われ、私は「涼さんがいるなら……」と当時の事を思い出そうとする。

 すると涼さんは「おいで」と言って私を抱き寄せ、膝枕をした。

「えっ……、と……」

 仰向けになった私は、照れて赤面し彼を見上げる。

「横になったほうがリラックスできる。目を閉じて、ゆっくり思いだしてごらん」

 涼さんはそう言うと、私の目元を片手で覆った。

 すると見えなくなったからか、少し涼さんへの照れが軽減する。

 思っていた以上に、超絶美形が視界に入る事で色々意識していたみたいだ。

「深呼吸して……、大丈夫。今日は休日だし、急がなくていい。ここには俺と恵ちゃんしかいないし、誰も君を加害しない」

 穏やかな涼さんの声を聞きながら、私はゆっくりと深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせていった。
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