部長と私の秘め事
 脳裏に浮かんだのは、中学生当時の私。

 痩せた体に制服を着て、ヒラヒラするスカートが嫌で、いつも何となく不愉快そうな表情を浮かべていた気がした。

「……当時、思春期まっただ中だったから、家庭内でも兄たちと喧嘩する事が多く、些細な事でカリカリしていました。でも学校に通うのは好きだったし、友達と話すのも楽しかった。勉強も友達と同じ塾に通っていたから、嫌じゃなかっ…………」

 その時、不意に思いだした事があった。

「どうした?」

 涼さんが尋ね、片手で私の手を握ってくる。

「……若い男性の塾講師がいたんです。……授業が分かりやすくて、みんなから愛称で呼ばれる感じの、人気のある先生でした。……普通の講師で、問題を起こしたとかじゃないです」

「……ただ?」

 涼さんが続きを促してくる。

「……いつもは一回帰宅して、着替えてから塾に行っていました。……でも、たまに制服のまま塾に行く事もあって、……ある日、帰りがけにその先生に言われました。『中村さんって綺麗な脚をしてるから、私服でももっと脚を出せばいいのに』……って」

 私はその時の微妙な気持ちを思いだし、溜め息をつく。

「……その先生、他の女子にも『今日の服可愛いね』と言っていたので、変な意味はなかったと思うんです」

 私は涼さんの手を両手でギュッと握る。

「……でも私は『私の脚なんて見てたんだ』ってびっくりして、『気持ち悪い』って思ってしまったんです。……けど、他の子たちはその先生と話したがっていて、授業以外のお喋りを楽しみにしていました。みんなはその先生に『可愛い』って言われたら喜んでいたので、……不快感を抱いた私は間違えていると思ったんです」

 すると、涼さんは目元を覆っていた手で私の頭を撫でてきた。

「みんなに合わせる必要はない。容姿に関わる話題はデリケートだ。よかれと思って褒めても、本人にとっては苦痛な場合もある。……だから、恵ちゃんは間違えてないよ」

 肯定され、眦から涙が一粒流れていく。

「……その事があって、スカートを穿く事への嫌悪感が増しました。……それで、……痴漢に遭った日……」

 私は大きく息を吸い、両手で涼さんの手を握った。

「……その日は遅刻しかけて、いつもより遅い電車に乗って、すぐ降りれるようにドアの近くに立っていました。……朝だからとても混んでいて、押されても別にいつもの事だと持っていました。…………でも、……スカートの中に手が入ってきたんです」

 感情的になり、声が歪む。

「何かの間違いだと思って、押されている圧迫感が退いたら、その手もなくなると思っていました。…………でも……っ、手は……っ、上にきて……っ、お尻を鷲掴みにして……っ、…………っ、前も…………っ」

 そこまで言い、あとは何も言えなくなった。

 ずっと封印してきた恐怖、理不尽な事をされた怒り、悲しみがドッと蘇り、私の中で荒れ狂う。

 私は横を向き、体を丸めて泣きじゃくる。

「恵ちゃん、大丈夫。おいで」

 涼さんは私を抱き起こすと、自分の膝の上に座らせ、優しくハグしてきた。

「つらかったね。そいつはクソ野郎だ。……同じ男として、とても恥ずかしい」

 彼は子供のようにグスグスと嗚咽する私の背をトントンと叩き、優しくさする。

「~~~~っ、怖かった……っ、嫌なのに声が出せなくて……っ、いつも私は『男みたい』って言われてるのに、自分の事を強いと思っていたのに……っ、何もできなくて……っ、あんな…………っ」

 あの時、胸の奥でグシャリと潰れたのは、助けを求める声と尊厳だ。

 犯人の男は恐怖で固まった私をめちゃくちゃに蹂躙し、罰を受けずにのうのうと生活している。

 家族の前でいい父親として笑い、会社で普通に働き、――誰も咎めない。

 そう思うと身を焦がすような怒りと、ぶつける所のないやるせなさに襲われ、いまも感情の波に呑まれてしまう時がある。

「男なんて大っ嫌いだって思いました……っ。男なんていなくても、私は一人でやっていける。彼氏なんていなくても幸せになれる。……そう思っていたけど、朱里が田村と付き合うようになって、私も彼氏を作らないと〝みんなと同じ〟になれないんじゃ……って、怖くなりました」

 私はグスッと洟を啜り、涼さんの服を握る。

「ただでさえ私は女らしくなくて、彼氏もいない。……痴漢に遭った事を知られたら、『あんなにがさつなくせに、一丁前にトラウマを感じて男を避けてるのか?』って思われるんじゃ……って不安になりました。……だから、みんなと同じように普通に振る舞い、彼氏を作って適当に付き合ったら、私が痴漢に遭った事に気づかないんじゃって……」

 感情的になった私は、涙で震える声でまくしたてる。
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