部長と私の秘め事
「仮に尊さんの事を『とんだ問題児でお金にも女にも汚い』と言えば、他の奥様たちは疑いようもないって事ですよね? 篠宮家の事情を一番聞きやすいのは怜香さん。社長はご自身の女性関係が起因しているから何も話せないし、風磨さんが本当の事を言おうとすれば『弟を庇っている』と思われる。尊さんに至っては本人なので確認できるはずもない」
「問題児……、金にも女にも……」
尊さんが私をジトォ……と睨むが、すまない。すみません。物の例えです。
エミリさんは溜め息をつき、頷いた。
「身も蓋もありませんがそうなりますね。篠宮家の外に出て、針のむしろになるぐらいなら、自社にいたほうがまだマシです。起業しようと思えばできるでしょうけれど、事業を大きくしていくには横の繋がりが必要になります。かといって、これだけの人が中小企業に収まるのは能力の無駄遣いですし」
「『資源の無駄遣い』みたいに言うなよ……」
尊さんがボソッと突っ込みを入れる。
……というか、エミリさんってニコニコ人当たりのいい女性と思いきや、案外言いたい事をハッキリ言うタイプみたいだ。
そう考えていたのを察したのか、風磨さんが遠い目をして言った。
「エミリはこう見えて、僕の尻をビシバシ叩くタイプだよ。仕事で甘やかしてくれた事は一度もない……。美人秘書だからって、みんな好きな妄想をしているみたいだけど、〝そういう〟雰囲気にでもなろうものなら、手厳しい事を言われる上に、仕事のスケジュールをギュウギュウにされるからね……」
兄の言葉に、尊さんも同意した。
「本当にこいつ、怒らせたら怖いぞ。ニコニコ笑ったまま、『資源ゴミの日って何曜日でしたっけ。あ、口の悪い男は燃やせないゴミでしたね』って言うんだぞ」
ゴミは可哀想だな……。
「私はちゃんとリサイクルしてあげますよ」
「そうじゃない」
フォローしたつもりだったけれど、尊さんは脱力して溜め息をついた。
次のお皿が運ばれてきて、私は生ハムとモッツァレラチーズ、マグロの組み合わせを楽しむ。
というか、最初は緊張していたけれど、この二人は思っていたよりずっとフランクで話しやすい。
副社長と秘書と話しているというより、お兄さんカップルと食事をしている気持ちのほうがずっと強い。
だからなのか、私はこの二人に魅力を感じて「好きだな、応援したいな」と思っていた。
もっと言えば、「尊さんに、こうやってポンポン言い合える人がいて良かった」と安堵している。
「あなたは孤独じゃないですよ」と言いたいけど、尊さんが求めているのは〝そう〟じゃないのは分かっている。
家族ではない〝誰か〟の唯一無二になりたい気持ちは私にもあるし、理解しているつもりだ。
「……まぁそんな訳で、俺たちは『この組み合わせで結婚したい』で意見が合致している。お互い、怜香さんが結婚の障害になるのも同じだ。だから協力し合っていきたい」
尊さんが言い、全員が頷いた。
そこで風磨さんが咳払いをして、チラッとエミリさんを見てから打ち明けた。
「……そう決まっているんだが、結局春日さんとの縁談を断り切れず、一月に予定を組み込まれてしまった」
彼の言葉を聞いてもエミリさんはまったく動じず、対策を求めた。
「クラッシャー尊さん、計画はありますか?」
「プロレスラーみたいな呼び方やめろ」
私は動揺するどころか、冗談まで言う余裕があるエミリさんの精神力に感嘆する。
この人は本当に、未来の社長夫人になる器だな。
私はどっちかっていうと尊さんに支えられているけれど、彼女と風磨さんは丁度いい力加減で支え合っているように思える。
「春日さんは常識人だし、縁談が母の独断で進んでいる事も知っている。正面きって謝罪すれば、穏便に解決するんじゃないかと思っているが……」
風磨さんが言ったあと、尊さんが悪い顔で笑った。
「そこから崩すぞ」
……あぁ、これは本当にろくな事を考えてない顔だ。
「先に言っておく。俺は自分の望みを叶えるためなら多少の犠牲はやむなしと思っている。お前達にその覚悟はあるか?」
尊さんに尋ねられた二人は、視線を交わし合ったあと、テーブルの下で手を握ったようだった。
「勿論だ」
「風磨さんと結婚したいと決めた日から、何があろうと乗り越えるつもりでいます」
尊さんはさらに尋ねる。
「母親のどんな姿を見ても? 絶望的な真実を知っても? 最悪、あの家から母親が出ていく事になっても?」
尊さんの真剣な横顔を見て、私は彼が抱えている〝爆弾〟の大きさを察した。
少しぐらいの弱みではなく、家族が崩壊しかねないネタを掴んでいるんだろう。
「あの女は頼み事を聞き入れてくれるタイプじゃないし、悪事を暴露されても改心するタマじゃない。『そこまでしなくても』と思うかもしれないが、『やめてほしい』と言ってやめる女なら、今こんな話をしていないんだ。それに、あの女をつけ上がらせた俺たちが、責任持って始末をつけないといけない事情がある」
風磨さんは余程の事情があると理解したのか、表情を引き締めて頷いた。
「構わない。この年齢になってまだ結婚できず、母親の陰に怯えているのはおかしい。僕は大人の男だし、妻ぐらい自分で決められる。政略結婚をしなくても篠宮ホールディングスの業績を上げていく実力もあるつもりだ。それに、父が母に負い目を持つのは分かるが、僕は能力のある尊がいつまでも部長職にいる事を、ずっと不満に思っていた」
……良かった、ちゃんと家族の中に味方がいたじゃない。
私は風磨さんの本音を聞いて、心底安心した。
男兄弟だし、今まではあまり本音を言い合えなかったかもしれない。
でもお互い同じ目的のためなら、こんなにも協力し合えると知ってホッとした。
尊さんは兄の覚悟を知り、頷く。
「じゃあ、三ノ宮さんに連絡する必要がある。多少なりとも巻き込んでしまうから、根回しはしておかないと」
あ、やっぱりお見合いクラッシャーの戦法でいくんですね。
「分かった。……ところで、尊が抱えているネタは今言えない事か?」
風磨さんに尋ねられ、尊さんは首を横に振った。
「兄貴は人がいいから絶対動揺する。だから今は言わない。爆弾を落として悪役になるのは、俺だけでいい」
「っそういう……っ!」
私はカッとなって、とっさに尊さんのジャケットを掴んだ。
けれど彼はいつもの穏やかな顔で私を見つめ、その手を優しく振りほどいた。
「俺自身が決着をつけないといけない事なんだ。過去に清算をつけて、お前と歩んでいくためには、絶対に必要な事だ。……だから、やる」
「やらせてくれ」じゃなくて、「やる」。
私はその言葉一つで、彼の決意の深さを知った。
私は胸の奥に秘めている〝あの時〟の尊さんの姿を思い出し――、コクンと頷いた。
この人が解き放たれるなら、もっと自由に生きられるなら、側できちんと見届けよう。
「じゃあ、兄貴、三ノ宮さんに『話がしたい』って連絡してくれ。日付は一月六日土曜日、時間は……そうだな、十四時にパークウェルティーズ東京のラウンジカフェで」
「……やけに具体的ですね?」
私が尋ねると、尊さんはニヤリと笑った。
「時限爆弾なんだ」
「……相当な威力があるのは、何となく想像します」
「見届けるためにお前にも来てもらうけど、被弾はさせないよ」
「ありがとうございます。盾にします」
「……お前、塩対応になるにはまだ早いぞ。エミリを見習うな」
尊さんは私の顎をキュッと掴み、不満げに目を細める。
その様子を、風磨さんがニコニコして見ていた。
「尊に好きな人ができて本当に良かったよ。朱里さんはいい人っぽいし、これからお付き合いしていけるのが楽しみだな」
風磨さんの言葉を聞いて、尊さんが「は?」という顔をしたからか、彼は慌てて言い直す。
「いや、家族ぐるみというか、グループデート?」
「学生じゃないんだから、勘弁してくれ」
意外と可愛い兄弟のやり取りを見て、私とエミリさんはクスクス笑った。
**
「問題児……、金にも女にも……」
尊さんが私をジトォ……と睨むが、すまない。すみません。物の例えです。
エミリさんは溜め息をつき、頷いた。
「身も蓋もありませんがそうなりますね。篠宮家の外に出て、針のむしろになるぐらいなら、自社にいたほうがまだマシです。起業しようと思えばできるでしょうけれど、事業を大きくしていくには横の繋がりが必要になります。かといって、これだけの人が中小企業に収まるのは能力の無駄遣いですし」
「『資源の無駄遣い』みたいに言うなよ……」
尊さんがボソッと突っ込みを入れる。
……というか、エミリさんってニコニコ人当たりのいい女性と思いきや、案外言いたい事をハッキリ言うタイプみたいだ。
そう考えていたのを察したのか、風磨さんが遠い目をして言った。
「エミリはこう見えて、僕の尻をビシバシ叩くタイプだよ。仕事で甘やかしてくれた事は一度もない……。美人秘書だからって、みんな好きな妄想をしているみたいだけど、〝そういう〟雰囲気にでもなろうものなら、手厳しい事を言われる上に、仕事のスケジュールをギュウギュウにされるからね……」
兄の言葉に、尊さんも同意した。
「本当にこいつ、怒らせたら怖いぞ。ニコニコ笑ったまま、『資源ゴミの日って何曜日でしたっけ。あ、口の悪い男は燃やせないゴミでしたね』って言うんだぞ」
ゴミは可哀想だな……。
「私はちゃんとリサイクルしてあげますよ」
「そうじゃない」
フォローしたつもりだったけれど、尊さんは脱力して溜め息をついた。
次のお皿が運ばれてきて、私は生ハムとモッツァレラチーズ、マグロの組み合わせを楽しむ。
というか、最初は緊張していたけれど、この二人は思っていたよりずっとフランクで話しやすい。
副社長と秘書と話しているというより、お兄さんカップルと食事をしている気持ちのほうがずっと強い。
だからなのか、私はこの二人に魅力を感じて「好きだな、応援したいな」と思っていた。
もっと言えば、「尊さんに、こうやってポンポン言い合える人がいて良かった」と安堵している。
「あなたは孤独じゃないですよ」と言いたいけど、尊さんが求めているのは〝そう〟じゃないのは分かっている。
家族ではない〝誰か〟の唯一無二になりたい気持ちは私にもあるし、理解しているつもりだ。
「……まぁそんな訳で、俺たちは『この組み合わせで結婚したい』で意見が合致している。お互い、怜香さんが結婚の障害になるのも同じだ。だから協力し合っていきたい」
尊さんが言い、全員が頷いた。
そこで風磨さんが咳払いをして、チラッとエミリさんを見てから打ち明けた。
「……そう決まっているんだが、結局春日さんとの縁談を断り切れず、一月に予定を組み込まれてしまった」
彼の言葉を聞いてもエミリさんはまったく動じず、対策を求めた。
「クラッシャー尊さん、計画はありますか?」
「プロレスラーみたいな呼び方やめろ」
私は動揺するどころか、冗談まで言う余裕があるエミリさんの精神力に感嘆する。
この人は本当に、未来の社長夫人になる器だな。
私はどっちかっていうと尊さんに支えられているけれど、彼女と風磨さんは丁度いい力加減で支え合っているように思える。
「春日さんは常識人だし、縁談が母の独断で進んでいる事も知っている。正面きって謝罪すれば、穏便に解決するんじゃないかと思っているが……」
風磨さんが言ったあと、尊さんが悪い顔で笑った。
「そこから崩すぞ」
……あぁ、これは本当にろくな事を考えてない顔だ。
「先に言っておく。俺は自分の望みを叶えるためなら多少の犠牲はやむなしと思っている。お前達にその覚悟はあるか?」
尊さんに尋ねられた二人は、視線を交わし合ったあと、テーブルの下で手を握ったようだった。
「勿論だ」
「風磨さんと結婚したいと決めた日から、何があろうと乗り越えるつもりでいます」
尊さんはさらに尋ねる。
「母親のどんな姿を見ても? 絶望的な真実を知っても? 最悪、あの家から母親が出ていく事になっても?」
尊さんの真剣な横顔を見て、私は彼が抱えている〝爆弾〟の大きさを察した。
少しぐらいの弱みではなく、家族が崩壊しかねないネタを掴んでいるんだろう。
「あの女は頼み事を聞き入れてくれるタイプじゃないし、悪事を暴露されても改心するタマじゃない。『そこまでしなくても』と思うかもしれないが、『やめてほしい』と言ってやめる女なら、今こんな話をしていないんだ。それに、あの女をつけ上がらせた俺たちが、責任持って始末をつけないといけない事情がある」
風磨さんは余程の事情があると理解したのか、表情を引き締めて頷いた。
「構わない。この年齢になってまだ結婚できず、母親の陰に怯えているのはおかしい。僕は大人の男だし、妻ぐらい自分で決められる。政略結婚をしなくても篠宮ホールディングスの業績を上げていく実力もあるつもりだ。それに、父が母に負い目を持つのは分かるが、僕は能力のある尊がいつまでも部長職にいる事を、ずっと不満に思っていた」
……良かった、ちゃんと家族の中に味方がいたじゃない。
私は風磨さんの本音を聞いて、心底安心した。
男兄弟だし、今まではあまり本音を言い合えなかったかもしれない。
でもお互い同じ目的のためなら、こんなにも協力し合えると知ってホッとした。
尊さんは兄の覚悟を知り、頷く。
「じゃあ、三ノ宮さんに連絡する必要がある。多少なりとも巻き込んでしまうから、根回しはしておかないと」
あ、やっぱりお見合いクラッシャーの戦法でいくんですね。
「分かった。……ところで、尊が抱えているネタは今言えない事か?」
風磨さんに尋ねられ、尊さんは首を横に振った。
「兄貴は人がいいから絶対動揺する。だから今は言わない。爆弾を落として悪役になるのは、俺だけでいい」
「っそういう……っ!」
私はカッとなって、とっさに尊さんのジャケットを掴んだ。
けれど彼はいつもの穏やかな顔で私を見つめ、その手を優しく振りほどいた。
「俺自身が決着をつけないといけない事なんだ。過去に清算をつけて、お前と歩んでいくためには、絶対に必要な事だ。……だから、やる」
「やらせてくれ」じゃなくて、「やる」。
私はその言葉一つで、彼の決意の深さを知った。
私は胸の奥に秘めている〝あの時〟の尊さんの姿を思い出し――、コクンと頷いた。
この人が解き放たれるなら、もっと自由に生きられるなら、側できちんと見届けよう。
「じゃあ、兄貴、三ノ宮さんに『話がしたい』って連絡してくれ。日付は一月六日土曜日、時間は……そうだな、十四時にパークウェルティーズ東京のラウンジカフェで」
「……やけに具体的ですね?」
私が尋ねると、尊さんはニヤリと笑った。
「時限爆弾なんだ」
「……相当な威力があるのは、何となく想像します」
「見届けるためにお前にも来てもらうけど、被弾はさせないよ」
「ありがとうございます。盾にします」
「……お前、塩対応になるにはまだ早いぞ。エミリを見習うな」
尊さんは私の顎をキュッと掴み、不満げに目を細める。
その様子を、風磨さんがニコニコして見ていた。
「尊に好きな人ができて本当に良かったよ。朱里さんはいい人っぽいし、これからお付き合いしていけるのが楽しみだな」
風磨さんの言葉を聞いて、尊さんが「は?」という顔をしたからか、彼は慌てて言い直す。
「いや、家族ぐるみというか、グループデート?」
「学生じゃないんだから、勘弁してくれ」
意外と可愛い兄弟のやり取りを見て、私とエミリさんはクスクス笑った。
**