部長と私の秘め事
 色々気にしてしまいそうだけど、いつもみたいな男っぽい格好でいるよりは、さまになるかもしれない。

「……うん。……じゃあ、今度お店に行った時に見てみます。……何が似合うか分からないですが」

(朱里に相談しないと。……服屋の店員って苦手だから……)

 最近でこそ、服屋では話しかけていいかの意思表示カードを導入した店もあるみたいだけど、基本的にあちらも接客業だから、商品を見ていると話しかけてくる事が多い。

 私はコミュ障ではないつもりだけど、得意ではない分野でプロの話術に勝てるはずもなく、苦手意識を抱いたら即、店から逃げてしまう癖がある。

「じゃあ、これから来てもらう?」

「はい?」

 彼の言っている事が分からず、私は目を瞬かせる。

「ちょうど俺も夏になる前に着る物が欲しかったし、一緒に見てみようか」

 そう言うと、涼さんはスマホを出してどこかに電話を掛ける。

 呆気にとられて見ていると、簡潔に用事を済ませた涼さんはニッコリ笑って言った。

「これから外商が来てくれるから、のんびり待ってようか」

「がい、しょう」

 セレブ御用達の単語を耳にし、私はピキーンと固まってオウム返しに言う。

「……い、……いや。……私、デパートの服とか高くて買えないんで、その辺のファストファッションで十分…………デス……」

「いいから、気になった服、何でも買ってあげるよ。勿論、スカートやワンピースだけじゃなくて、パンツも靴も帽子もアウターもアクセサリーも、一通り持ってきてもらうから」

 おう…………っ…………。

 私は両手で顔を覆い、タラタラと冷や汗を掻く。

 トラウマを打ち明けて失念していたけれど、この人は馬鹿がつくほどの金持ちだった。

 ランドでも色んな物を『買ってあげようか?』と言っていたし、結局指輪ももらってしまったし……。

「あ、……あの、……返せる宛てがありません……」

 お金がないと言うのは恥ずかしいけれど、買ってしまう前にちゃんと言わなくては。

「なに言ってるの。俺が恵ちゃんにお金を請求するわけがないでしょ。そんなせこい事しないよ」

 涼さんはパチクリと目を瞬かせて言ったあと、「そうだ」と言って立ちあがった。

「少し待ってて」

 彼はそう言ってリビングから出て、どこかに行ってしまう。

「はぁ……」

 溜め息をついた私は、いつまでも寝転がっているのもなんだと思い、フカフカのクッションに背中を預けて脚を伸ばす。

 ディープソファは、座る角度のまま横になれるほど座面の幅があり、ハッキリ言ってキングサイズのベッドみたいだ。

(このリビングだけで生活できそう)

 座った感じの弾力も程よく、布団を掛けたらそのまま快適に眠れそうだ。

(……涼さんと一緒に住む……、か)

 誰だってセレブみたいな生活をしたいって思うだろう。

 私も希望が叶うなら、今の賃貸マンションより広くてグレードの高い所に住んでみたい。

(でも、本気なのかな)

 いまだに涼さんと付き合っている実感がなく、今後彼とどんな交際を続けるのか、想像できていない。

 と、涼さんが「お待たせ」とA4の紙を手に戻ってきた。

「色々戸惑う事があると思うから、簡単な契約書を作ってみた」

「契約書!?」

 その単語を聞き、私は目を丸くして声を上げた。

「さっきみたいに贈り物をするたびに『返せない』って負担に思ったら困るし、恵ちゃんが気にしそうな事を書いてみた。難しい文章にはしてないから、読んでみて。要するに『これらの事を約束しますよ』って話だから」

 私はソファに座った涼さんから用紙を受け取ると、ドキドキしながら契約書を読んだ。

 書いてあるのは、涼さんは私に贈り物や食事、旅行などを貢いでも見返りは求めず、仮に喧嘩をしたり、万が一別れる事があっても、いっさい返金は求めないという内容だ。

 その他にも、不安に思う事があったら適宜相談するとか、私生活でトラブルに巻き込まれた時は遠慮せずに相談し、涼さんの顧問弁護士の助けを得るなども書かれてある。

 付き合う事に関しても、性行為は必ず同意のもとで行うと記されていて、どんなに行為が途中でも、少しでも不安に感じたり恐怖を覚えたら、決められたセーフワードを口にすれば必ず行為を止める。止めなかった場合は、彼にあらゆる要求をしても構わないとまで書いてある。

 いっぽうで、レストランでの食事や友人や知り合いに紹介する時など、TPOに合わせた服装が必要な場合、二人で決めた服を着て、その費用は涼さんが出すとも書いてある。

 そして涼さん側が沢山与える事になるのは確かだけれど、可能なら「すみません」は言わないで「ありがとう」を言い、贈られた物については深く考えすぎないなども記されてあった。

 他にも色々書いてあったけれど、私にペナルティが与えられる項目は一つもない。
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