部長と私の秘め事
 むしろ見返りなしに贈り物をするけど、気にしないでという内容ばかりで、申し訳なさを感じるほどだ。

 唯一、私がする事と言えば、涼さんが癒やしを求めた時、心身の調子と相談して可能だったら、キスやハグ、大丈夫だったらセックスに応じてほしいと書いてあるだけだ。

 そして結婚を視野に入れて交際するけれど、何かあったら絶対相談し、私の負担にならないよう配慮してくれている。

「……これって……」

 小さく溜め息をついて顔を上げると、不安そうな表情の涼さんと視線がかち合った。

「もし納得できない項目があったら言ってほしい。どれだけでも変更する」

「や、そうじゃなくて。……これって、涼さんが不利でしょう。私ばっかり旨みがあって、フェアじゃないです」

 そう言うと、涼さんは少し安心したように肩を下げる。

「恵ちゃんの言いたい事は分かるけど、パーティー用のドレス、ジュエリー代に数百万の出費があるとしても、大して痛くはないんだ。こういう事を言うと嫌がられそうだけど、普段、飛行機を使う時はいつもファーストクラスだし、ホテルに泊まる時もスイートだ。嫌みかもしれないけど、これが俺の普通」

 彼の言葉を聞き、私は静かに溜め息をつく。

 ヨーロッパまでのファーストクラスは数百万って言うし、私の年収程度の金額を、彼は一度のフライトで使ってしまう事になる。

 確かにそれだけ経済的な差があれば、私が大金と思っていても、涼さんにとっては痛くも痒くもない金額なんだろう。

「……一般家庭で育った恵ちゃんが俺と一緒に過ごすと、とてもストレスが掛かると思う。恵ちゃんが贅沢を好まないのは分かるけど、俺の住んでいる世界はどうしても金を使わざるを得ない場合がある。……慣れない環境に身を置くストレスはとても大きい。日本語を話して意思疎通ができても、価値観が合わない者と一緒にいるのは苦痛だ。……俺はなるべく恵ちゃんの希望を聞いて、それに添った事をしたいけど、どうしても我慢してもらわないとならない時もあると思う」

 涼さんが物凄く私に寄り添ってくれているのは分かった。でも……。

「あなたはそれでいいんですか? 金銭的な負担を得る一方で、エッチだって無理強いしない。……私は何をすれば涼さんを満足させられますか?」

 富の権化と言える涼さんに選ばれても、私自身には何も価値がない。

 結婚を視野に入れてくれているのは嬉しいけど、彼の妻になったあと、何もできない能なしだと言われたら、悔しい以上に涼さんに申し訳ない。

「側にいてくれたらいいって言っても、恵ちゃんは納得できないんだろうね」

 涼さんは苦笑いし、ソファの上に寝そべる。

 そして仰向けになって、ポツポツと自分の事を語り始めた。

「俺の人生、恵まれて苦労知らずに思えるだろうけど、意外とそうじゃないんだ」

 私は同じように仰向けになり、黙って彼の話を聞く。

「幸いな事に家族仲はいいし、両親も姉も弟妹も、性格のいい人たちだと思う。周りにいる人もそうって言いたいけど、恋愛が絡むと人は変わる。自分で言うと馬鹿みたいだけど、俺は見た目が良くてスペックが高い上に金を持ってる。そうなったら、群がってくる女性の数が半端じゃないんだ」

「……何となく想像はできます」

 涼さんは溜め息をつき、続ける。

「高校まではエスカレーター式の学校だったけど、俺と少し仲良くしただけで陰湿ないじめを受けて転校していった女子がいた。有名企業の令嬢がいて、その子は自分こそが俺の彼女に相応しいと思い込み、ずっと付きまとってきた。でも俺は彼女に興味を持てず、特別扱いをしなかった。だからなのか、その子は俺が友達として普通に接した女の子がいるだけで、陰で酷い嫉妬をしていた。彼女は俺が何をするにも付きまとい、他の女子は遠慮する。……恋人でもないのに支配されているように感じた」

 彼は私の手を握り、指を絡めてきた。

「……卒業後、俺はもっと自由な所に行きたいと思って外部受験をし、尊と同じ大学に通うようになった。初めて気の合う男友達ができて楽しかったな。それまでも友達はいたけど、金持ちの坊ちゃんとしての付き合いありきだった。尊も結局は坊ちゃんだけど、あいつは苦労人だから温室育ちの坊ちゃんとは違って、目の前の問題に貪欲に食らいつく力がある。話を聞いていると飽きないし、野心もあるから応援したくなる。それに一緒にいると自然体でいられるし、馬鹿な事をやったら笑ってくれる。三日月家の長男として気を遣わなくていい相手って、初めてだった」

 彼は小さく笑み、脚を組む。

「いっぽうで女運はないままだった。みんな俺を支配したがり、物扱いして『涼くんは私のもの』と言って取り合ったり、『みんなの物』と言って協定を結んでる。……俺は誰の物でもない。感情を持った人間だし、自分の意志がある」

 涼さんは誰もが羨むお金持ちな上に美形で、叶わない事なんてないと思っていたけれど、意外なまでに人間扱いされていなかった。

「しまいには『涼くんは○○しない』って理想の三日月涼を俺に押しつけて、勝手に幻滅する。……だったらアイドルでも追いかけてろって話だよ」

 嘲るように言ったあと、涼さんはクシャリと前髪を掻き上げた。
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