部長と私の秘め事
「せっかくだから使い方を教えてもらえばいいんじゃない?」

 堂々とズボンを脱いでデニムを試着している涼さんが言い、一瞬彼のほうを見てしまった私は、想像以上にしっかり筋肉の付いた太腿を見て「ぎゃっ」と跳び上がった。

 周りにいる女性担当は、そんな私をニコニコして見守っている。

 外商の人たちがつく前に涼さんからざっと教えてもらったけど、外商部は昔は女性が多かったそうだけど、今は男女半々ぐらいらしい。

 というのも、買い物をするのは金持ちの奥様がメインである事が多く、服やコスメ、ハイブランドのバッグやジュエリー、食器などが主な買い物だからだそうだ。

 望めば家具も楽器も、百貨店に入っていない店の商品も手に入るらしい。

 それより今は迫りくる第一次コスメバブルだ。

 私の顔は一つしかないのに、どうしてこんなにカラフルなアイテムを幾つも出してくるのか。

 いつも使っているアイシャドウは二色入りの物だけれど、四色も五色もある物を見せられても、顔が対応できない。

「こちら、日焼け止めにプライマー、カラーコントロールの下地の他にも美容液のような下地もございますし、コンシーラーもタイプ別にございます。ファンデーションは季節や使用感のお好みに合わせてパウダー、リキッド、クリーム、クッションと取りそろえております。フェイスパウダーもプレストパウダーにルースパウダーとございますね」

「…………ハイ…………」

 カタカナと「ございます」しか分からなかった。

「あはは、恵ちゃんよく分かってない顔してるね。とりあえずそこに並べてある、恵ちゃんに似合いそうな色のやつ、全部お願いします」

 青いサングラスを掛けた涼さんが言った言葉に、私はまた飛び上がりかける。

「驚いてる暇があるなら、キッチンでスリーサイズを測ってもらっておいで。服だけ買っても、下着がしっかりしてないと意味がないから」

 鶴の一声を聞いた下着担当に連れられ、私は隣室の二十畳あるキッチンで服を脱ぎ、スリーサイズを測られる事となった。

「あ、あの。私、Bカップであってないような胸ですし、高級な物を買わなくても……」

 中学三年の時に母に連れられて量販店に行き、お店のおばちゃんに『B65』と言われ、ずっと同じサイズの物をつけてきた。

 だから今さら変わるもんじゃないと思うし、普段つけているシームレスの下着に慣れているから、レースの多そうな物はあまり着けたくない。

 ……けれど見てしまった。

 服を脱いだ時、担当さんたちが私のシームレスブラを見て、にっこりと笑みを深めたのを……。怖い。

「いいえ、中村さまのバストはE65ぐらいで丁度いいかと思います」

「ええっ!?」

 Eカップは巨乳だ。朱里ほどじゃないけど、下着ショップで見たEカップのブラジャーは、片方のカップに子供の頭が入りそうなぐらい大きかった記憶がある。

 あんなのつけたら、胸元がガバンガバンになってしまう。

「そこまで気を遣ってくれなくてもいいですって。ない胸はこれ以上出せません」

 言いながら、自分で悲しくなってきた。

「とにかく、こちらを着けてみましょうか」

 五十代の品のいいマダムは、鉄壁のスマイルを浮かべて私にホットピンクのブラジャーをつけ、「失礼いたします」と言ってからカップの中に手を入れ、グイッ! グイッ! と肉を寄せてきた。なんだ!?

「いかがでしょうか?」

 にこやかな彼女に言われて、目の前にある全身鏡を見てみると、つけているのはEカップだというのに、私の胸がジャストサイズで収まり、…………谷間ができている。

「谷間ぁ!?」

 高い声を上げると、彼女はニッコニコの笑顔で頷いた。

「谷間は作るものなのです」

 物凄い格言を言われ、私はしばしポカーンとして鏡に映った自分の谷間を見つめていた。

 二十六年生きてきて、生まれて初めて自分の谷間を見た私は、初めて火を見た類人猿みたいな顔をしていたと思う。

 私は口を半開きにしたまま、人差し指を谷間に入れてみる。

 ――……指が、胸に挟まれる!

 感動を覚えた私は、そのままスポスポと抜き差ししたくなったけれど、グッと我慢した。

 そしてゆっくりと担当さんを振り返る。

「すっ……ごい、……ですね……」

「はい」

 彼女は満足げに頷く。

「どういう仕組みなんですか? 魔法のブラ?」

 そんな商品名があったなと思いつつ尋ねると、彼女は別の商品を吟味しながら言った。

「バストメイクは乳房だけではないのです。正しいサイズのブラジャーを着け、姿勢を良くして、背中や脇から根こそぎお肉を持ってきて『あなたの正しい位置はここなんですよ』と教えると、バストができあがるのです」

「……なるほど。それでメイク」
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