部長と私の秘め事
 やがて涼さんがお風呂から上がり、寝る前に明日の話をする。

「朱里ちゃんは尊が事情を知っているからいいとして、恵ちゃんは上司に連絡した?」

「はい」

「もしかしたら家政婦さんが来るかもしれないけど、特に手伝ったり、変に気を遣わなくていいから。ホテルのルームキーパーと同じ」

 私と恵はコクンと頷く。

「一日家にいると暇かもしれないけど、心配だからなるべく外には出ないでほしいかな。マンション内のパブリックスペースの探検とかならいいけど」

「大丈夫です。漫画読んでます。インドア大好き」

「私も、一日ぐらい全然平気です」

 私と恵は口々に言い、心配するなと伝える。

「……なんか、拾いたての猫をお留守番させる気持ちに近くて……」

 涼さんが言い、尊さんが「分かる」と笑い崩れる。

「高級クッションの綿を出したりしませんよ」

「テーブルの上にある物、全部落としたりしません」

「「やりそう!」」

 猫仕草を言うと、二人はドッと笑った。

「昼食はデリバリーをとってもいいし、冷蔵庫の中にある物を食べてもいいよ。あっ、家政婦さんに何か作ってもらうように言っておくか」

 そう言って涼さんはスマホでトトト……とメッセージを打ち始める。

「そんないいのに……。カップ麺でもあったら食べるのに。ねー」

「うん」

 私は恵と顔を見合わせて頷く。

 ……と、尊さんがギュッと抱き締めてきた。

「ん?」

 目を瞬かせると、彼はよしよしと私の頭を撫で、背中をポンポンする。

「お熱う事で……、わっ」

 恵が茶々を入れようとした時、涼さんが彼女を抱き締め、同様によしよし撫でた。

「……何はともあれ、二人とも回復して良かったよ。表面上の元気かもしれないし、今回みたいな事をされたらトラウマになると思う。でも、これからは俺たちがしっかり守っていくから、安心してくれ」

 尊さんは私を抱き締めたまま、私と恵に言う。

 私たちはそれぞれ抱き締められたまま、ちょっと照れて赤面しつつもコクンと頷いた。

「よし、じゃあ、そろそろ寝ようか。引っ越しのほうは明日の午前中から動いてもらうつもりだけど、鍵を預かってもいいかな? 俺の秘書が現場監督をするから、防犯的な意味での心配はしなくていい」

 涼さんの言葉を聞き、恵は微妙な表情になる。

「……でも、衣類とか、男性に触られるとちょっと……な物もありますし」

「家の内部の細々とした物は女性スタッフにやってもらって、大きな物や力仕事は男性に任せる事になってる。……どう?」

「ん……、うん……、それなら……」

 恵は渋々という表情で頷くけれど、彼女の気持ちは分かる。

 私はインフルで倒れていた時に恵から『どうせ引っ越しするんだし、荷物を纏めておこうか?』と提案を受けて、母にも含めてお願いし、元気になったあとは自分も参加して引っ越した感じだ。

 その時は信頼している恵と母だから荷物を任せられたけれど、他人だったらちょっと抵抗があったかもしれない。

「恵、佳苗(かなえ)さんにも現場監督してもらったら?」

 佳苗さんとは、恵のお母さんの名前だ。

 彼女はスラッとした美人で、学生時代はバスケットボールをやっていたらしい。

 大学生時代にスカウトされてモデルになり、今もミセスモデルとしてあちこちで活躍している格好いい人だ。

 お母さんがそういう人だから、恵もファッションに興味を持つかと思えばそうではなく、佳苗さんはよく『恵がお洋服着てくれない』とごねている。

 そんな佳苗さんと涼さん、果たしてどんな化学反応を起こすのか……。

 私が考えている間、恵はようやく母親の存在を思いだしたのか、「あ、そうだね」と頷く。

 けれどハッとしたあと、軽く目を見開いたまま、ギギ……と涼さんを振り向いた。

「お母さんがいらっしゃるなら、仕事の合間を見て抜け出して、ご挨拶しないとね。大事な娘さんと同棲させてもらうんだし」

「んああああああ……!」

 ニッコニコの涼さんの言葉を聞き、恵は絞り出すような声を上げた。
< 436 / 529 >

この作品をシェア

pagetop