部長と私の秘め事
「……元気が良すぎると『鬱陶しい』って感じてしまう時もあるんですが、母が元気に活躍している姿を見て、安心したり勇気づけられる事はあると思います」

 恵が言い、私は「うんうん」と頷く。

 エミリさんは食後のコーヒーを飲んで言った。

「子供の頃は寂しかったし、もっと側にいてほしいと思ってた。でも大人になってから思うと、母もまた一人の人間なのよね。〝お母さん〟っていう家庭を第一にすべき生き物じゃない。母には母の人生があって、やりたい事もある。……だから今はバリバリ仕事をしている姿を見て『良かった』って思えてる」

 私は彼女の言葉を聞いてニコニコして頷いた。

 こうやって見ると、みんなとても素敵な〝大人の女性〟に思えるけど、どんな人でも誰かの子供だ。

 私が今、春日さん、エミリさん、恵を見て「素敵な女性だな。好きだな」と思えているのは、ご両親の導きがあってこそだ。

「……推しのご家族に感謝したい……」

 思わず拝むように手を合わせて言うと、恵が「限界オタクか」と突っ込んできた。

 そのあと、恵は少し心配する表情で私に言ってきた。

「会社での悩み、ちょっと聞いてもらったら?」

 彼女が第二秘書や総務部の人たちの事を言っていると悟った私は、「うん……」と曖昧な表情になる。

「なになに? 何でも聞くわよ?」

 春日さんは前のめりになって言う。

「実は……」

 私は自分がまだ新人秘書で、いざという時に副社長秘書が機能しなくなったら困るので、第二秘書を迎える事をエミリさんに提案された件と、総務部の女性二人組に嫌われている件を打ち明けた。

 春日さんは腕組みをし、少し真剣な表情になって言う。

「まず、第二秘書についてはエミリさんに全面同意ね。朱里さんも身に染みたと思うけど、一人だけで副社長を支えるのは少しキツイと思う。勿論、朱里さんは努力家だと思うし、エミリさんから色々教えてもらって頑張っているのは分かる。……けど、今はまだ大丈夫でも会社に関わる不祥事、もしくは災害とかのトラブルが起こった時、それに対応しながら副社長のスケジュールを組んで、あちこち手配して、沢山あるメールやら封書やらをチェックして……って、一人でやってたら死んじゃう。未曾有の大危機を百パーセントとして考えて、通常業務を六十パーセントで考えたほうがいいわよ。どれだけ忙しくなっても、まだ余力があると思えているほうが、精神的にもいいし」

「ありがとうございます」

 三ノ宮グループの常務として働いている彼女の言葉は金言だから、大人しく従おうと思った。

「それで……、その総務部のバカだけど。篠宮さんには言った?」

 エミリさんに言われ、私は視線を落とす。

「まだです。職場が一緒ではないし、ただお手洗いで暴言を吐かれただけだから、無視していればいいかなって……」

「うーん……」

 エミリさんは腕組みをし、春日さんもやや慎重に言う。

「私の見立てだけど、勘違いした人って自分がヤバい事をしている自覚がないの。自分こそ正しい、朱里さんが間違えてるって思い込んでいて、周りから注意されても聞き入れない状態にあると思う。……素直に『そうだね』って言える人なら、副社長が可愛がっている秘書に刃向かおうなんて思わないもの。ホントに後先考えられないバカだと思うし、ちょっと頭が悪すぎて気の毒になる……」

 春日さんの言葉を聞き、恵が「ぶふっ」と噴き出した。

「そういう一部の人がいると、まともな人は『嫌だな』って思って構わないわけよ。でも何かしら不満を抱いている人や、自分というものがしっかりなくて、すぐ他人に流されるタイプの人は彼女たちから朱里さんの悪口を聞かされたら、同調して噂を流すかもしれない。それは気をつけたほうがいいと思う。事実じゃなくても管理職にまで話が及んだら、篠宮さんと個人的な関係にあるのも相まって、悪印象を持たれる可能性がある」

 春日さんの忠告を聞き、私はコクンと頷いた。

「だから、帰ったら篠宮さんに相談してみたら? いじめられた子供みたいな心境になって、『恥ずかしい』『格好悪い』って思ってしまう気持ちは分かる。でも、仕事にそれを持ち込んだら、最終的に組織が不利益を被るわ。そういう社員がいると噂話に気を取られて業務が疎かになり、生産性が落ちるの。篠宮さんに相談して対応してもらい、朱里さんは会社に医務室があるなら、そこで話を聞いてもらうといいと思う」

「分かりました。そうします。アドバイスありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、彼女はにっこり笑った。

「篠宮さんはユキくんと同じぐらいいい男だから、狙う女性が大勢いるのは分かる。その相手として選ばれたら僻まれて当然だと思う。すべての女性に、私みたいな鋼鉄のメンタルを持てなんて言わないけど、いい男に選ばれた女は、相応に僻まれるものと思ったほうがいいわ。堂々と嫉妬の視線を浴びて、でも陰湿ないじめに負けてメソメソする姿を決して表では見せず、オフレコでぶちまけて発散するの。私たちはなんぼでも聞くから! でも、敵に弱ってる姿を見せたら駄目よ? あいつら、自分たちの幼稚ないじめが効いてると思って大喜びして、さらに調子に乗るから」

「はい!」

 頼もしい味方の激励を得て、私はかなり気持ちをシャッキリさせて頷いた。



 ランチを終えたあとは東京駅付近をぶらつき、お茶をしてから解散した。



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