部長と私の秘め事

情事の翌朝

「最初から完璧な人なんていないよ。……考えてもみて? 男に恐怖心があって処女だった恵ちゃんが、いきなりセックスして、最初からガンガン感じられてどんな事をされても悦べると思う? そんな人いたら、逆に俺のほうがびっくりしちゃうけど」

「……っ、確かに」

 プッ、と噴き出すと、涼さんも笑う。

「むしろ、羞恥心やセックスへの抵抗、多少の恐怖心があるほうが、健全な証拠だと思うよ。だから、恵ちゃんは今のままで大丈夫。俺はまったく負担に思っていないから、少しずつ一緒に慣れていこう? 俺も、上級者向けっぽい事はしないように気をつける」

「……涼さんはもうすでに免許皆伝してるのに、初心者に合わさせてしまって、すみません……」

「……あのね、人を百人斬りのヤリチンみたいに言うの、やめてくれないかな……。恵ちゃんが思っているほど、大勢とは付き合ってないよ」

「……こんなに格好いいのに……」

 呟くと、涼さんは横を向いてニヤつく。

「……ホント恵ちゃんって特別な子だよね。俺、女性にそう言われて喜んだ事なんてないのに、恵ちゃんに言われると、アホみたいにニヤついちゃう」

 言ったあと、涼さんはキラキラとした目で尋ねてきた。

「俺、格好いい? 惚れる?」

「んっ、ん~~~~……。…………かっ、……格好いいですよ……。顔面偏差値でオックスフォード入れます」

「あはは!」

 涼さんは明るく笑い、ギューッと私を抱き締めてきた。

「可愛いね。本当に可愛い」

 なんだかもう、「可愛い」の言葉を栄養にして、スクスク育っていけそうだ。

 涼さんは私の首筋や胸元にキスをし、その合間に甘い目で私を見つめ、頭を撫でてくる。

 その傍ら、優しく肩や腕、お腹や体の側面、太腿を撫で、大切なものを扱っている手つきに頭の中がフワフワしてくる。

 そのあと、もう一度涼さんに抱かれたけれど、今度は少しずつ慣らしてくれたからか、一杯一杯にならず、なんとか受け入れる事ができた。





「はぁ……っ」

 俺は彼女が達すると同時に絶頂を味わい、この上ない充足感を得ながら顔を伝う汗を拭う。

 彼女は汗みずくになり、髪を乱して呼吸を荒くしながら、意識を深いところへ落としている。

「気持ち良かったね。可愛いね」

 俺はうっとりとした顔で彼女に囁き、その小さな唇にキスをする。

 俺は飽きる事なく恵ちゃんの体を見つめ、堪らなくなってその体に口づけた。

 日頃運動をしているからか、引き締まった体はとても綺麗だ。

 化粧っ気の薄い顔も、何ならメイクをしなくてもいいと思うほど可愛い。

「……初めて会った時は、こんなに嵌まると思わなかったなぁ……」

 呟いたが、心の中でもう一人の自分が「いや、予兆はあったよ」と言い返す。

「……全部、俺のものにしたい」

 溜め息混じりに呟いたあと、俺は恵ちゃんに覆い被さり、あます事なく彼女の肌に唇をつけていった。

 他の男が彼女を見て、少しでも変な気を起こさないように――。



**



「なんじゃこりゃああああぁああぁっ!!」

 翌朝、私は巨大なベッドの中で目覚め、お手洗いに行こうと思って起き上がろうとし、妙な痣だらけになった自分の体を見下ろして悲鳴を上げた。

 全身のあちこちに赤い痕だらけになっていて、何かの病気になってしまったんじゃないだろうか。

 真っ青になった私は、慌ててスマホに手を伸ばして【肌 赤い斑点 大量 いきなり】と震える手で打ち込んだ。

 ――と、ゆったりとした足音が聞こえ、「どうしたの?」と涼さんが現れた。

 どうやら彼は朝食の仕込みをしていたらしく、白Tにグレーのスウェットの上に、黒いエプロンをつけている。

 髪はまだ整える前らしく、スポーツメーカーのヘアバンドで無造作に留めていて、不覚にも「格好いい」と思ってしまった。

「……なんか、某刑事(デカ)の殉職シーンみたいな声が聞こえたけど……」

 有名刑事ドラマの有名シーンを出され、リアタイで見た事はないけど、その叫び声は今でもネタとして使われる事があるから、私でも知っている。

 ……というか、無意識にそんな叫び声を上げてしまっていたのか。

「結構古いっすね」

「父がよくネタで使うんだよ」

「っていうか、見てくださいよ! これ! ……何の病気だろう……。あっ、うつったら困るから、近づかないで!」

 私は涼さんに腕を見せながら言い、途中でハッと気づいてモソモソとベッドの上を移動する。

 すると、涼さんはポカンとして顔をして言った。

「病気って……。それ、俺が昨日丹念にこさえたキスマークだけど」

「へっ!? キスマーク!? これが!? 痣じゃん!」

 なんか……、赤っていうか、紅色っていうか、ヒルでもついてるんじゃないかっていう痕が転々とついてて……。

「本当にキスマーク? 病気じゃない?」

「生産者は私です」

「農家さんか」

 私は思わず涼さんに突っ込みを入れ、深い溜め息をつく。

「目立たない所にって言ったじゃないですか」

「職場で困るような、分かりやすい所にはつけてないつもりだよ」

 そう言われ、私は深い溜め息をつく。

「だからって……、服で隠れるからって……、耳なし芳一逆バージョンか!」

 私は心からの突っ込みを入れ、コロンと横に倒れた。
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