部長と私の秘め事
 知らんけど、寝ている間に体は綺麗に拭かれ、パンツを穿かされてキャミソールを着せられている。悔しい。恥ずかしい。許さん。

「はぁ……、メイク落としてなかった……」

 起き上がりつつ、昨晩からの流れを思い出して溜め息をつくと、涼さんはニコニコして言った。

「メイク落としシートで丹念に拭っておいたよ。あとは恵ちゃんのもちもちお肌を堪能しながら、フェイスケアさせていただきました」

「…………塗ったくられながら爆睡してたとか…………」

 私は自分の危機感のなさに、ふかーい溜め息をつく。

「キスマーク刑事(デカ)、お腹は空いてる?」

「やめてくださいよ、その呼び方。むしろつけたほうが妖怪キスマークなんじゃないですか?」

「妖怪キスマークは、中国風のお粥とフォーの希望を聞きに来たんだけど」

「ぐっ……、…………どっちも美味しそう……」

 私はしばし、ベッドの上で胡座をかいたまま悩み、困った顔で涼さんを見て答える。

「ハーフ&ハーフ」

「OK。着替えておいで」

 涼さんはニコッと笑ってから、静かにベッドルームを出て行った。





 朝の身支度を終えて、適当な服を着てキッチンに向かうと、テーブルにはホカホカのお粥があり、上には葱と鶏肉がのっている。

 その隣の小さめの丼には、丁寧にもフレッシュパクチーがのったフォーがあった。

「美味しそう……」

 クルクルとお腹を鳴らした私は、今にも涎を垂らしそうな勢いでご飯を見つめ、ストンと席に座る。

「炭水化物多めだから、寄せ豆腐の冷や奴とサラダもね」

 冷や奴の上にはオクラとしらす、刻んだ梅干しとごまがのっている。

 サラダも具だくさんのコブサラダで、細かく切ったサラダチキンと半熟のゆで卵、アボカド、フルーツトマトがのっている。

「ヘルシーだけど、結構ガッツリですね。美味しそうですけど」

「恵ちゃんが食べてくれると思うと、嬉しくて張り切っちゃった」

「新妻か!」

「ハニー、ご飯にする? お風呂にする? それとも……俺?」

 ノリノリになった涼さんが声優みたいなイケボで言うものだから、突っ込む気力も失って、項垂れてしまった。

「……あれ? ウケなかった?」

 彼はクスクス笑いながら「いただきます」を言う。

「……スーパー御曹司が、思っていた以上に愉快な人で、戸惑ってるだけです」

 溜め息混じりに答えた私も「いただきます」を言ったあと、フォーのスープを蓮華で飲む。

 牛肉のお出汁がきいたそれを飲んで、ホッと息を吐いたあと、私はパクパクとご飯を食べていく。

「俺としても、自分の新たな一面に驚いてばっかりだけどね」

 彼がそう言うので、私は「ん?」と目を見開く。

「俺、前にも言ったけど、かなり各方面に塩対応だったんだよ。尊とかには冗談を言ったり明るく振る舞う事もあったけど、女性に対してこんなふうにノリノリで接するなんてなかった。……自分でも『なんだ、この浮かれ男は』って思うけど、それぐらい恵ちゃんといると楽しいし、笑わせたいって思うし、自分の知らない自分がどんどん出てくるんだ」

 照れくさそうに言われ、私は少し赤面して「そっすか」と頷く。

「……昨晩、恵ちゃんが甘えてくれたのも、俺を特別視しているからって思いたい。……流されたんだとしても、俺はそう思っておくからね」

 昨晩の事を思いだしてトロンとした目をする涼さんを見て、私はギョッとする。

 そして自分が口にしたであろう世迷い言を思い出し、一気に真っ赤になった。

「こんな毎日なら、結婚しても楽しいだろうね」

 彼に言われ、私は鼻から冷や奴を出しそうになる。

「むぷんっ」

「佳苗さんからは一年って言われたから、それはちゃんと守るけど。一年経ったあとは、結婚に向かってグイグイ進めていくからね」

「……そ、その前に嫌いにならなかったら……ですけど」

 モソモソと言うと、彼は呆れたように眉を上げた。

「こんなに俺がベタ惚れになっているのに、まだ君は愛されている実感がないみたいだね」

 言いながら、涼さんは脚を伸ばして私の足をムニ……と踏んできた。

「……まぁ、仕方ないか。今まで恵ちゃんは俺みたいにだだ甘やかす存在がいなかった訳だし、いきなり『自分は愛されている存在と思って』って言っても、突然には無理だよね」

 そう言われ、私はちょっと申し訳なさを覚える。

 けれど朝の光を浴びた美貌の御曹司は、私を見て小首を傾げ、とろけるような表情で笑った。
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