部長と私の秘め事
「この世界は広いようで狭いからね。闘魂お嬢様の事はよく知ってるよ」
「闘魂……っ」
私は横を向いてぶふっと噴き出した。
「いやぁ……、前に通っていたキックボクシングジムがあったんだけど、たまたま彼女もそこを利用していたみたいでね。物凄い勢いで自社の重役や社員の名前を叫びながら、『死ねーっ!』って殴る蹴るしてたから、怖くて泣いちゃった」
その様子が手に取るように分かるものだから、私は無言で笑い崩れた。
「それで三日月グループと三ノ宮グループ、規模的に似てるでしょ? 何かと周囲から敵対しているように思われてて、親同士は別に普通に仲良しなんだけど、初めて会った時は珍獣でも見るみたいに凝視されたなぁ……」
まぁ、ある意味珍獣ではあると思うけど。
「春日さんって社交界? みたいな場所ではどういう感じですか?」
「うーん、大人になったあとは人当たり良くやってるけどね。でもその分、仕事の話が絡むといっさいの妥協なしで『女だからって舐めんな』ってオーラがビシバシ伝わってくるね。ある意味、格好いいと思うけど。……学生時代はもうちょっと尖った感じがあったかな。『はぁ? 見た目で判断しないでくれます?』みたいな……」
「なるほど……。涼さん的に彼女はどうでした? 女性として」
「いやいや、ナシって言ったら失礼だけど、怖くて無理だったな。そりゃあ、滅多に見られない美人だし、仕事もできるし魅力的な人だと思うよ。……けど、ガッツがありすぎて俺には扱いきれないかな……」
「ふぅん……」
そんな彼女が、神くんの前でクネクネしているとは、涼さんも思うまいて。
(でも黙っとこ)
そう思った時、涼さんは「あ、そっか」と納得した。
「尊の一件で彼女が一枚噛んでたのか。……そういえば一方的に怜香さんが風磨くんの結婚相手にするって言ってたんだっけ。よくもまぁ、彼女の|為人を知らないで決められたもんだね……」
呆れたように呟いた涼さんを見て、私は内心で呟く。
(エミリさんもかなりできる女だから、似たタイプではあるけど)
「恵ちゃんは春日さんと知り合い?」
「はい。朱里が篠宮さんの関係で春日さんと友達になって、風磨さんの恋人であるエミリさんとも仲よくなって、それに私が混ぜてもらった感じです」
「四人ともタイプが違う感じだけど、仲良くやれてる?」
「はい! めっちゃ楽しいです」
「なら良かった。あの闘魂お嬢様も、同性には優しそうな感じがするし」
涼さんがそう言ったのを聞き、私は少し意外さを感じた。
「春日さんと個人的に接した事はないんですか?」
「パーティーとかで世間話ならしたけど、まったくのプライベートでは話した事はないよ。今の発言で嫌な想いをさせたら悪かったね。さっき言った通り、彼女に対しては『美人だけど怖い』イメージしかなくて、ニコニコ笑顔で話している図が想像できないんだ」
「なるほど……。そのジムでの印象がよっぽど強かったんでしょうかね」
冗談で『泣いちゃった』と言っていたとは思うけど、見ていてある種の恐ろしさは感じたんだろう。
(春日さん、私たちに見せないところでは本当のバリキャリみたいだし、クネクネした面白い姉さんじゃない、しっかり者の管理職としての顔があるんだろうな。それで、若い女性だからって馬鹿にされる事が多くて、その場では大事にならないように、いなしてはいるけど、ジムで発散するしかない……感じだよね……)
実際に彼女の口からもその事については聞いたけど、凡庸な私は『大変だなぁ……』という感想しか抱けなかった。
「きっと〝若くて美人のお嬢様〟だと、私たちが思っている以上に苦労するんでしょうね。本当は頭が良くて仕事もできるだろうに、〝若くて美人なお嬢様〟っていうバイアスが彼女の活躍を邪魔しているんだと思います。……春日さんが男性だったら、きっと涼さんみたいに〝御曹司〟ではあるけど、仕事のできるイケメンとして周囲に認められていたかもしれなかった。……女ってだけで、組織の中で本領発揮できないのは、ただの差別ですよ」
思った事を口にしただけだけど、涼さんはしばらく黙って何かを考え、やがて溜め息を共に「そうだね」と頷いた。
「恵ちゃんの言葉を聞いて、ちょっと自分の考えを恥じた。俺は『綺麗なのに闘魂剥き出しで怖いな』っていう印象を抱いてしまって、ストレスの原因になっているものも想像はできていたのに、『綺麗なのに怖い』という感情を優先してしまった。……無意識に差別をして、心の底では『大人しくニコニコしていたらもっと素敵なのにな』って思っていたかもしれない」
彼は少し恥じた表情をしていて、私はそんな涼さんを見てニッコリ笑う。
「そうやって自覚できれば大丈夫だと思いますよ。本当に差別している人って、自覚なんてしませんし『よかれと思って言ってるのに』と恩着せがましく言いますから。……きっと春日さんは、本当に高学歴で実力があるのに、若い女性だからと男性の部下に言う事を聞かれなかったり、お嬢様だと分かっているだろうにセクハラ的な事を言われるのが日常なんだと思います。お嬢様である彼女によく見られたいと思う男性が、余計に墓穴を掘ってるの、なんか目に浮かぶ気がするなぁ……」
私は最後にフォーのスープを少し飲み、食事を終える。
「闘魂……っ」
私は横を向いてぶふっと噴き出した。
「いやぁ……、前に通っていたキックボクシングジムがあったんだけど、たまたま彼女もそこを利用していたみたいでね。物凄い勢いで自社の重役や社員の名前を叫びながら、『死ねーっ!』って殴る蹴るしてたから、怖くて泣いちゃった」
その様子が手に取るように分かるものだから、私は無言で笑い崩れた。
「それで三日月グループと三ノ宮グループ、規模的に似てるでしょ? 何かと周囲から敵対しているように思われてて、親同士は別に普通に仲良しなんだけど、初めて会った時は珍獣でも見るみたいに凝視されたなぁ……」
まぁ、ある意味珍獣ではあると思うけど。
「春日さんって社交界? みたいな場所ではどういう感じですか?」
「うーん、大人になったあとは人当たり良くやってるけどね。でもその分、仕事の話が絡むといっさいの妥協なしで『女だからって舐めんな』ってオーラがビシバシ伝わってくるね。ある意味、格好いいと思うけど。……学生時代はもうちょっと尖った感じがあったかな。『はぁ? 見た目で判断しないでくれます?』みたいな……」
「なるほど……。涼さん的に彼女はどうでした? 女性として」
「いやいや、ナシって言ったら失礼だけど、怖くて無理だったな。そりゃあ、滅多に見られない美人だし、仕事もできるし魅力的な人だと思うよ。……けど、ガッツがありすぎて俺には扱いきれないかな……」
「ふぅん……」
そんな彼女が、神くんの前でクネクネしているとは、涼さんも思うまいて。
(でも黙っとこ)
そう思った時、涼さんは「あ、そっか」と納得した。
「尊の一件で彼女が一枚噛んでたのか。……そういえば一方的に怜香さんが風磨くんの結婚相手にするって言ってたんだっけ。よくもまぁ、彼女の|為人を知らないで決められたもんだね……」
呆れたように呟いた涼さんを見て、私は内心で呟く。
(エミリさんもかなりできる女だから、似たタイプではあるけど)
「恵ちゃんは春日さんと知り合い?」
「はい。朱里が篠宮さんの関係で春日さんと友達になって、風磨さんの恋人であるエミリさんとも仲よくなって、それに私が混ぜてもらった感じです」
「四人ともタイプが違う感じだけど、仲良くやれてる?」
「はい! めっちゃ楽しいです」
「なら良かった。あの闘魂お嬢様も、同性には優しそうな感じがするし」
涼さんがそう言ったのを聞き、私は少し意外さを感じた。
「春日さんと個人的に接した事はないんですか?」
「パーティーとかで世間話ならしたけど、まったくのプライベートでは話した事はないよ。今の発言で嫌な想いをさせたら悪かったね。さっき言った通り、彼女に対しては『美人だけど怖い』イメージしかなくて、ニコニコ笑顔で話している図が想像できないんだ」
「なるほど……。そのジムでの印象がよっぽど強かったんでしょうかね」
冗談で『泣いちゃった』と言っていたとは思うけど、見ていてある種の恐ろしさは感じたんだろう。
(春日さん、私たちに見せないところでは本当のバリキャリみたいだし、クネクネした面白い姉さんじゃない、しっかり者の管理職としての顔があるんだろうな。それで、若い女性だからって馬鹿にされる事が多くて、その場では大事にならないように、いなしてはいるけど、ジムで発散するしかない……感じだよね……)
実際に彼女の口からもその事については聞いたけど、凡庸な私は『大変だなぁ……』という感想しか抱けなかった。
「きっと〝若くて美人のお嬢様〟だと、私たちが思っている以上に苦労するんでしょうね。本当は頭が良くて仕事もできるだろうに、〝若くて美人なお嬢様〟っていうバイアスが彼女の活躍を邪魔しているんだと思います。……春日さんが男性だったら、きっと涼さんみたいに〝御曹司〟ではあるけど、仕事のできるイケメンとして周囲に認められていたかもしれなかった。……女ってだけで、組織の中で本領発揮できないのは、ただの差別ですよ」
思った事を口にしただけだけど、涼さんはしばらく黙って何かを考え、やがて溜め息を共に「そうだね」と頷いた。
「恵ちゃんの言葉を聞いて、ちょっと自分の考えを恥じた。俺は『綺麗なのに闘魂剥き出しで怖いな』っていう印象を抱いてしまって、ストレスの原因になっているものも想像はできていたのに、『綺麗なのに怖い』という感情を優先してしまった。……無意識に差別をして、心の底では『大人しくニコニコしていたらもっと素敵なのにな』って思っていたかもしれない」
彼は少し恥じた表情をしていて、私はそんな涼さんを見てニッコリ笑う。
「そうやって自覚できれば大丈夫だと思いますよ。本当に差別している人って、自覚なんてしませんし『よかれと思って言ってるのに』と恩着せがましく言いますから。……きっと春日さんは、本当に高学歴で実力があるのに、若い女性だからと男性の部下に言う事を聞かれなかったり、お嬢様だと分かっているだろうにセクハラ的な事を言われるのが日常なんだと思います。お嬢様である彼女によく見られたいと思う男性が、余計に墓穴を掘ってるの、なんか目に浮かぶ気がするなぁ……」
私は最後にフォーのスープを少し飲み、食事を終える。