部長と私の秘め事
 たまに兄貴たちと相談して、父の日や母の日、誕生日に両親と一緒に食事会をする事もあるし、そういう時にお金を使うのは大事だと思っている。

 でも人間の欲は果てしないし、一度〝良い物〟を知ってしまうと、あちこち目移りして際限なく買ってしまいそうだから、自分にストップをかけている。

 朱里はデパコス沼に嵌まっていて、禿げるんじゃないかってぐらい悩んで、買う物を吟味している姿を見ると、楽しそうだけど大変そうだなとも感じている。

 私はあまり悩まなくていい生き方をしたいと思っているし、気楽にマイペースに過ごす人生を貫いてきた。

 なので今になって涼さんに頼めば、どんな願いでも叶えてくれる状況になったけれど、逆に「言わんどこ」と思っている。

 家にいるだけでも美味しいご飯を食べられるし、外食となれば高級料理じゃなくても、彼なら美味しい店を知っている。

 だからこそ、私に気を遣って余計なお金を使ってほしくないのだ。

 素敵な部屋を整えてくれて、高級な服やコスメを買ってくれただけでも十分で、これ以上の事をされても、返すあてがなくて困ってしまう。

 彼はお互い立場が違うから、『返して対等になろうとしなくていい』と言ってくれたけど、申し訳なさはあるのだ。

(結婚したら、当たり前って思うようになるのかな)

 そう思うけれど、贅沢を「当たり前」って思うようになる自分を「嫌だな」と感じる。

 だから、涼さんもこう言っている事だし、話にのっておく事にした。

「買い物や食事なら、いつでもできますからね。涼さんが言う通り、キャンプとかアクティビティだと、お互いの相性がもっと分かると思います。〝できない〟時の対応とか、ピンチになった時の対応とか、割と素が出るものと思いますから」

 私は兄貴たちを思い出しながら言う。

 彼らは悪い人ではないけど、テントのペグ打ちに難儀してると「おっそ」と言ってくるので、密かにムカついている。

 お陰で今ではすっかりペグ打ちマスターになった。

「フィールドアスレチックとかも楽しそうだね。俺、ああいうの好きなんだ」

「あ、私も興味あります」

 返事をしながら、私は涼さんと過ごしているというのに、通勤路の途中で紫陽花を見た事を思いだしていた。

 あと少しで梅雨入りだ。

 朱里は紫陽花や梅雨、てるてる坊主の時期になると酷く落ち込む。

 私がぼんやりしていたからか、涼さんは「恵ちゃん?」と顔を覗き込んできた。

「……あぁ、いえ、すみません。話の途中なのに」

「何か気がかりな事がある?」

 尋ねられ、楽しく話していたはずだったのに、気がつけば親友の心配をしていた自分の態度は宜しくないな、と反省した。

「……すみません。……そろそろ朱里がトラウマを思い出して落ち込む時期なので、ついそっちに考えが引っ張られていました」

 正直に言っても涼さんは怒らず、小さく頷いた。

「それは心配だね。深く心に刻まれた傷って、なかなか癒えないものだから。尊も十一月末が近づくにつれ、毎年落ち込んでいるよ。……今年はあの女性(ひと)がいないだけ、まだマシだと思うけど」

 彼が言ったのは、たぶん元・経理部部長の事だ。

「……二人とも、幸せになってほしいな」

 祈るように呟くと、涼さんも同意してくれた。

「俺も心からそう思うよ」

 こう言ったら怒られるかな? と思いつつ、私は正直な気持ちを打ち明けた。

「一年同棲期間を設けるって言ったじゃないですか。その間に、あの二人は先にゴールインすると思うんです。……それを見届けられたら、私も覚悟が決まるかな。……いまだに朱里にこだわり続けるのは良くないかもしれないけど、私はまずあの子に幸せになってほしい。結婚すればオールOKじゃないのは分かっていますが、ひとまずの安心を確認したいんです」

「うん、気持ちは分かる。俺も恵ちゃんという運命の相手を見つけた以上、もう相手に悩む必要はないし、うちの家族含め、両家の家族と親交を深めながらじっくり進めていけたらと思っている。……その間に二人で尊と朱里ちゃんを見送ってあげよう」

「……はい」

 事あるごとに、照れて反発しがちだけど、私としても涼さん以上の人が見つかると思っていない。

 まず彼は私のトラウマごと受け入れ、優しく包み込んでくれる。

 こんなに大人で余裕のある人って、なかなか出会えない。

 今まで私がチラッとだけ付き合った相手は、すぐに体の関係になりたがったり、ちょっとした言葉が心に引っ掛かってイライラしたりで、長く付き合える人ではなかった。

 その点、涼さんは考え方が大人びて達観している部分もあり、まず人を不快にさせない。

 だから一緒にいて楽だし、私も素でいられる。

 第一にそれがあって、彼の容姿や財力や社会的立場とかは、二の次になるけれど、大は小を兼ねるというし、色々持っているのは悪い事ではないと思う。
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