部長と私の秘め事
 外出中はいつものように、亮平とは匂わせ程度に変な空気になり、何も起こらずに終わった。

 匂わせ程度とは、カゴを持つ手がちょっと重なったり、商品棚の前に立っていると触れそうなほど近くに立たれたりとかだ。

「邪魔」と言うとすぐにどいてくれるから、害がある訳ではない。

 けど、そこはかとなく嫌な気持ちになる。

 それが私と亮平の距離感だ。

 兄妹でも元は他人だから、場合によっては恋愛関係に発展するケースがあるのは知っている。

 でも知っている限り亮平には彼女がいるし、私に「好きだ」と言ってきた事もない。

 なのに好意があるような素振りを見せられ、でも何もない状態がとても気持ち悪かった。

 妹以上に思っているならハッキリ言ってくれれば、こっちもきちんと断ってこの状況を終わらせられるのに、亮平からは何もアクションしてこない。

 私から「好きなの?」と言えばうぬぼれてると思われるし、ブラコン気質の美奈歩の反応も怖い。

 だから私は亮平に会うたび、異様に距離が近く、無遠慮な視線を向けられているのを、ただ我慢するしかなかった。





 帰宅したあと父が買ってきたお寿司を食べ、夕方まで母の手伝いをしてから「良いお年を」と行って実家を出た。

(疲れたな……)

 私は駅に向かって歩きながら、コキコキと音を鳴らして首を回す。

 それからずっと開いていなかったスマホをチェックした。

(尊さんからメッセージがある)

 ドキドキしてアプリを開くと、こうあった。

【もう実家での用事終わった?】

 気にしてくれていると分かっただけで、今までのどこか曇った気持ちが一気に晴れた。

【これから最寄りの吉祥寺駅に向かいます。一度自分のマンションに寄るので、尊さんの家に着くまでもうちょっと掛かると思います】

 立ち止まってメッセージを打つと、すぐに既読がついた。

【吉祥寺駅近くのビルで時間潰せる? ちょっと待てるなら車で迎えに行くけど】

 尊さんの車!

 助手席に乗りたいに決まってる!

 申し訳なさはあるけれど、心の中の天秤は「お願いします!」にグンッと傾いた。

【待ってます】

【渋滞しなかったら三十分ちょいで行く】

 現金にも一気にテンションを上げた私は、浮かれた足取りで駅直結の商業施設に向かった。

 甘味があるフロアで食べたい物を見ていると、三十分はあっという間だ。

 ちょいちょいスマホを気にしていると彼から連絡が入り、駐車場に向かった。

「朱里」

 駐車場入り口にいる尊さんが私を見て片手を上げ、その姿を見て笑顔になった私は、ポスンと彼に抱きついた。

 彼は私を抱き留め、ポンポンと背中を叩いて歩きだす。

「ん? なんか買ったのか?」

「プリン。瓶に顔がついてて可愛いんです。色んな味があって、つい色々買っちゃった」

「女子って可愛いのに弱いよな」

「尊さんにも『可愛い』って言わせてみせます」

「なんの意地だよ」

 いつものように話しながら歩いていると、尊さんは途中でリモコンを操作した。

 すると前方にある黒い車のサイドミラーが、チカチカッと光ってロックが外れる。

「なんの車ですか?」

「ジープのグランドチェロキー」

「ジープだけなら聞いた事あります」

 どっしりとした車体は大きく、ツヤツヤとしたボディや全体的な印象から、高級車オーラが出ているのは分かる。

「どうぞ、乗って」

 尊さんに言われ、私はおっかなびっくり助手席のドアを開ける。

 見た目は黒いけれど、ドアの内側は木目調やキャメルカラーの内装になっていて、高級感バリバリだ。

「こ、これって靴脱がなくていいやつですか?」

「何で靴脱ぐんだよ」

 突っ込みながら、尊さんは運転席に乗ってエンジンをかける。

 するとディスプレイの色んな表示が点灯し、ダッシュボードと木目調の間に青いアンビエントランプがついた。

「ディスコですか」

 ビビって呟くと、尊さんは「せめてクラブって言えよ。バブリーか」とボソッと突っ込んだ。

 私は気を取り直して「お邪魔します」と助手席に乗り、シートベルトを締めつつ言う。

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