部長と私の秘め事
「あぁあああぁ……っ、あぁあああぁっ……」

 私は暗闇の中、温かいお湯に浸かったまま、大好きな人の腕に包まれて声を上げて泣く。

「お父さんともっと話したかった……っ! もっと生きてほしかった……っ! なんであんな……っ、――――子供だから頼りないかもしれないけど、私に気を遣わないで、悲しい事があったなら、家で声を上げて泣いて、『畜生!』って怒って良かったのに! そうされたほうが、死なれるよりずっとマシだった! もう……っ、会えないっ! 私の話……っ、聞いてもらえないっ! 今……っ、『尊さんと出会えて幸せだよ』って事も、伝えられない……っ! ~~~~っ、結婚式もっ、来てもらえないっ!」

 私は声を上げ、子供のように駄々をこねて泣く。

 今までこんなに泣いた事はなかった。

 尊さんに命を救われたあの橋でも、ここまで素直に父の死を受け止め、悲しむ事はできなかった。

 ずっと心の奥底に封印していた感情が決壊し、初めて涙を流して泣き、父の死を悲しめた。

 本当はずっと、こうやって感情を露わにしたかったのかもしれない。

 学生時代は、『つらい事なんてない』とすべてを押し殺して生きてきた。

 大人になって色んな事を『仕方ない』と諦め、恵と飲んで愚痴を言い合い、一応の発散ができているつもりでいたけれど、――まだ私の心の底は、固く閉ざされたままだった。

 それが尊さんの言葉によって優しく開けられ、思い出したくなかった記憶と対峙しても、混乱してヒステリックになる事なく、素直に感情を解放できている。

 尊さんが一緒になって悲しみ、涙を流してくれたから、余計に素直に泣けたんだと思う。

「~~~~っ、お父さんのバカーっ!! 大好きだったのに!!」

 私の声がバスルームの中に反響する。

 私は体の中に留めていたものをすべて出すように、涙も鼻水も遠慮なく垂らした。

 喉が痛くなるまで泣き叫び、疲れ切った頃には、すべてが空っぽになった感覚を得ていた。

 でも、虚無じゃない。

 心の底に堪っていたヘドロのような毒素をすべて出し切り、スッキリと生まれ変わったような心地になっている。

「……洟……」

 私はぼんやりしたまま、お湯で顔を洗って浴槽の外に捨てる。

「沢山泣いたな」

 優しい声を聞き、私はいまだ涙ぐんだまま微笑む。

「うん」

 返事をしたあと、私は静かに息を吸い、吐いていく。

「……でも、スッキリした」

「そっか。……なら、何よりだ」

 尊さんは柔らかな声で言ったあと、私の頭を撫でてきた。

「ちょっとずつ、前向いて歩けそうか?」

「……うん。尊さんがいてくれるなら」

 すると彼はお湯の中で私の手を握り、指を絡めてきた。

「一緒に歩くよ。夫になって一緒に家庭を築いていくんだ。……でも、たまには兄貴のように思ってもいいし、父親のように思ってもいい。家族になるんだ。その愛情は、必ずしも男に向けたものじゃなくていい」

「うん。……私の事も、妹みたいに思っていいよ。尊さんみたいな大人が、私に母性を求めるかは分からないけど、たまには甘えてほしい」

 そう言うと、彼は小さく笑って私の頬を撫でた。

「いつも朱里の存在に救われてる。俺がたった一つなし得た、人助けができた、人の命を救えたという奇跡の証。……それでいて、全力で愛しても受け止めてくれる、代わりのいない女性だ」

 尊さんの言葉を聞き、私は涙を流しながら笑い、手探りで彼の両頬を包むと、そっとキスをした。

「多分、もう大丈夫。私たちはすべて乗り越えて、何があっても夫婦として歩いていける」

「……愛してるよ」

 暗闇の中でそう聞いただけで、尊さんがどんな表情で笑っているか、手に取るように分かった。

 私の事が好きで堪らない、愛しさに溢れた顔だ。

「……尊さん、顔見たい」

「ん」

 彼は返事をすると、フェリシアに命令してライトを明るくした。

「……へへ、尊さん涙ぐんでる」

「朱里だってクシャクシャだぞ」

 私たちはお互いの顔を見て笑い合い、心から理解し合える半身とも言うべく相手を見つめる。

 そして、どちらからともなく唇を寄せ、触れ合うだけのキスをした。
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