部長と私の秘め事
「そんな感じだから、うちにはあまり気を遣わなくていいのよ。誕生日や母の日はちょっと嬉しいけどね」

 先月の母の日には、ちょっと立派な花束と美味しいお菓子をあげた。

 場合によっては花束とコスメだったり、ちょっとした小物だったり、変化をつけているけど。

 母は話を続ける。

「……人の命はお金では買えないわ。どれだけ大金を積まれても、澄哉さんは戻ってこない。……けど、時間を巻き戻す事もできない。……だから、私にとって大切なのはこの先私と朱里が路頭に迷わず、朱里にちゃんとした教育を受けさせ、希望する大学、就職先まで導くためのお金だった。……あのお金を受け取る時、会社からはちゃんとした謝罪をもらえず、パワハラも認められず、本当に悔しかった。……でも自分たちの未来のために、必要な手段をとったと思ってる」

「……ありがとう。一人で戦っていてつらかったよね。支えられなくてごめん」

 謝ると、母はニコッと笑って首を横に振った。

「でも、意外と孤独じゃなかったのよ。両親も、澄哉さんのご両親も味方になってくれたし、友達が話を聞いてくれた。看護師をしている清美(きよみ)おばさんが、朱里をよく見に来てくれたけど、……覚えてたかしら」

 言われて、私は父の妹である優しい叔母さんを思い出した。

「それはうっすら覚えてる。『最近よく遊びに来てるな』とは思ってて。『最近どう?』って色々聞かれて、『別に……』みたいに愛想悪かったと思うけど、……そっかぁ……。心配してくれてたんだね」

「つらい事があって孤独だって思っていても、実はみんな心配してくれているのよ。『助けてください』って手を差し伸べたら、誰かが掴んでくれる。……朱里も覚えておいて」

「うん」

 話が一旦終わったあと、私はおずおずと申し出た。

「……これからお父さんのお墓参りに行きたいって言ったら、……駄目? 先日の命日も、父の日も過ぎちゃったけど……。……今までなかなか行けてなかったから」

 私は父の死を受け入れようとせず、あまりお墓参りに行かなかった。

 母がお墓参りに誘っても『忙しい』と言って行かず、家に飾られている父の写真を見て、たまに文句を言っていた、……そんな酷い子供だった。

「今までの私、お父さんに対して態度が悪かったと思う。お墓まで行って、ちゃんと謝りたい」

「うん、そうするといいわ。みんなで行きましょうか」

「……私も付き合う」

 その時、今まで黙っていた美奈歩が小さく挙手して、ボソッと言った。

「ありがとう、美奈歩ちゃん」

 微笑んだ母にお礼を言われ、継妹は「……別に」と照れくさそうに呟いた。



**



 それから私たちは車二台に分かれて、甲府市にある父の眠る墓地に向かった。

 霊園までは二時間ぐらいかかり、現場に着いてから近くで仏花とお供え物を買った。

 霊園は高台にある緑に囲まれた場所だ。

 今野家のお墓まで行くと、墓石の両脇には紫陽花が咲いていた。

 それを見て一瞬「う……っ」となったけど、自分が紫陽花を苦手になった理由がやっと分かった。

 納骨の時に、ここで紫陽花を見ていたからだ。

「……私、梅雨時期とか紫陽花、てるてる坊主とかが凄く苦手だったの。……時期はお父さんの死を思い出すから、てるてる坊主は……言わずもがな。……紫陽花は綺麗なお花と思ってるけど、どうしてか苦手で……。……でも、納骨の時にここで見ていたんだね」

 私は墓石を丁寧に拭きながら母に言う。

 父や尊さんは、周りに生えている雑草を手で抜いていた。

 母は掃き掃除をし、美奈歩はちりとりを持ってビニール袋にゴミを入れている。

「そう思ってしまうのは仕方ないわ。……でもね、紫陽花ってお父さんの好きな花だったの」

「そうなの?」

 私はチラッと母を見る。

「梅雨時期に咲く花でしょう? それが終わったらカラッと晴れた夏が来るって言っていて。お父さん、夏生まれだから、ああ見えて夏が好きだったのよ。澄哉っていう名前も、澄み渡った空を意味しているんですって。……インドアで読書が好きそうな雰囲気だけど、写真を撮るために休みになったらブラブラと散歩に出ていたでしょう? 基本的に外が好きで、植物や昆虫に詳しい人だった」

「そうなんだ……。……私、小学生までの記憶しかなくて、今はもうほとんどお父さんの事を思い出せなくて、ただ大好きだったとしか思えない。……あとは断片的に、スーパーのイートインでアイスを買ってくれたとか、カメラを買ってくれたとか……」
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