部長と私の秘め事
「綺麗ね。お父さんがこの美しい景色を見せてくれたみたい」
母がグスッと洟を啜って笑い、目元にハンカチを当てる。
「うん……」
私はウォレットポシェットからスマホを出すと、空と甲府の街並みをグリッド線の中に収め、カシャッとシャッターを切った。
今日、この日を忘れない。
蓋をし続けてきた想いに決別し、きちんと父に向き合えた日。
それもこれも、尊さんや母がいてくれたからだ。
「付き合ってくれてありがとう」
「いいのよ~。この近く、武田信玄のお墓があるからお参りしてみない? あと、駅前に美味しいお蕎麦屋さんがあるから、行こうか。お母さん、お腹空いちゃった。甲府は鶏のもつ煮が郷土料理なのよ。ほうとうもなんだけど、今はちょっと暑いかしらね。そこのお蕎麦屋さん、もつ煮も出してるからみんなで食べましょ」
「うん!」
そのあと、私たちはお供え物をしまい、桶などを持って帰り支度をする。
最後に私はもう一度お墓に手を合わせ、顔を上げて笑いかけた。
「またね、お父さん。ご先祖様も、お父さんを宜しくお願いします」
言ってから、私はみんなと一緒に坂道を下り始めた。
降り続いた雨は止み、紫陽花や周囲の草木に水晶のような水滴を纏わせる。
ムッとした草いきれのなか、静かな霊園を歩きながら、私はやっと〝父の死〟という鎖に雁字搦めになっていた自分と決別できたと思えた。
――もう、大丈夫だよ。
チラッとお墓を振り向くと、濡れた黒御影石がキラッと光って応えたように見えた。
**
武田信玄のお墓にお参りし、駅前で美味しいお蕎麦と鶏もつ煮を食べたあと、私たちはまた二時間掛けて都内に戻った。
ケーキを買って吉祥寺の上村家に戻ったあと、みんなでおやつタイムをとり、それから父が撮った写真を見る事にした。
母は自分の部屋からアルバムを数冊出し、テーブルの上に置いた。
「これが最初のやつね」
私は赤い表紙のアルバムを受け取り、少し緊張してから捲った。
「わ……。若い」
最初にあったのはまだ私が生まれる前の、父とお付き合いしていた頃の母だ。
「こうやって見たら、朱里に似てるな」
横から覗いた尊さんが呟き、私はくすぐったい気持ちになる。
私はどちらかというとつり目で澄ましている雰囲気の顔つきで、母は優しげな印象がある。
若い頃の父はスッとした目元の美男子で、私は父親似なんだろうなと思うんだけれど、母を見ても「似てるかも」と思う印象がある。
こうして見ると、改めて自分が二人の娘なんだと思った。
最初の数ページは若い二人がデートを重ねている写真や、青空に花、花を近くに母が笑っている写真などがある。
それから結婚式の写真が沢山挟まっていたけど、それはプロに撮ってもらった物だろう。
そして母は妊娠し、お腹を大きくして幸せそうに笑っている。
生まれたての〝赤ちゃん〟の自分を見た時は、何とも言えない気持ちになった。
「朱里はちょっと体が小さかったんだけど、よく食べる子で、問題なく大きくなっていったわ」
「その頃から食いしん坊だったのか……」
私は半笑いになり、手づかみでバナナを食べている自分を見る。
それから写真の中の私はスクスクと成長していった。
ハイハイしていたのが立つようになり、おむつで丸くなったお尻の後ろ姿は我ながらキュートだ。
公園でタンポポの綿毛を吹いている私と、笑っている母。
父は撮り役に徹しているようだけれど、私の誕生日や記念の時は、タイマー機能を使って家族三人で写るようにしていた。
幼稚園の運動会、卒園式、小学校の入学式、前歯が抜けてニカッと笑ってる私。
新しい真っ赤な自転車を買ってもらった時の事は覚えている。
嬉しくて、色んな所まで行ったっけ。
浴衣を着せてもらった私。家族で手持ち花火をしている光景。溶けたソフトクリームを舐めながら笑ってる私。
写真の中の私は、いつも笑顔だ。
「……お父さんから見た私、こういう感じだったんだね」
「当たり前の事だけど、澄哉さんは朱里を愛していたわ。本当に、目に入れても痛くないぐらい可愛がっていたの。朱里に『お父さんと結婚する』って言われた時は、デレデレしててねぇ……」
母はクスクス笑い、紅茶を飲む。
母がグスッと洟を啜って笑い、目元にハンカチを当てる。
「うん……」
私はウォレットポシェットからスマホを出すと、空と甲府の街並みをグリッド線の中に収め、カシャッとシャッターを切った。
今日、この日を忘れない。
蓋をし続けてきた想いに決別し、きちんと父に向き合えた日。
それもこれも、尊さんや母がいてくれたからだ。
「付き合ってくれてありがとう」
「いいのよ~。この近く、武田信玄のお墓があるからお参りしてみない? あと、駅前に美味しいお蕎麦屋さんがあるから、行こうか。お母さん、お腹空いちゃった。甲府は鶏のもつ煮が郷土料理なのよ。ほうとうもなんだけど、今はちょっと暑いかしらね。そこのお蕎麦屋さん、もつ煮も出してるからみんなで食べましょ」
「うん!」
そのあと、私たちはお供え物をしまい、桶などを持って帰り支度をする。
最後に私はもう一度お墓に手を合わせ、顔を上げて笑いかけた。
「またね、お父さん。ご先祖様も、お父さんを宜しくお願いします」
言ってから、私はみんなと一緒に坂道を下り始めた。
降り続いた雨は止み、紫陽花や周囲の草木に水晶のような水滴を纏わせる。
ムッとした草いきれのなか、静かな霊園を歩きながら、私はやっと〝父の死〟という鎖に雁字搦めになっていた自分と決別できたと思えた。
――もう、大丈夫だよ。
チラッとお墓を振り向くと、濡れた黒御影石がキラッと光って応えたように見えた。
**
武田信玄のお墓にお参りし、駅前で美味しいお蕎麦と鶏もつ煮を食べたあと、私たちはまた二時間掛けて都内に戻った。
ケーキを買って吉祥寺の上村家に戻ったあと、みんなでおやつタイムをとり、それから父が撮った写真を見る事にした。
母は自分の部屋からアルバムを数冊出し、テーブルの上に置いた。
「これが最初のやつね」
私は赤い表紙のアルバムを受け取り、少し緊張してから捲った。
「わ……。若い」
最初にあったのはまだ私が生まれる前の、父とお付き合いしていた頃の母だ。
「こうやって見たら、朱里に似てるな」
横から覗いた尊さんが呟き、私はくすぐったい気持ちになる。
私はどちらかというとつり目で澄ましている雰囲気の顔つきで、母は優しげな印象がある。
若い頃の父はスッとした目元の美男子で、私は父親似なんだろうなと思うんだけれど、母を見ても「似てるかも」と思う印象がある。
こうして見ると、改めて自分が二人の娘なんだと思った。
最初の数ページは若い二人がデートを重ねている写真や、青空に花、花を近くに母が笑っている写真などがある。
それから結婚式の写真が沢山挟まっていたけど、それはプロに撮ってもらった物だろう。
そして母は妊娠し、お腹を大きくして幸せそうに笑っている。
生まれたての〝赤ちゃん〟の自分を見た時は、何とも言えない気持ちになった。
「朱里はちょっと体が小さかったんだけど、よく食べる子で、問題なく大きくなっていったわ」
「その頃から食いしん坊だったのか……」
私は半笑いになり、手づかみでバナナを食べている自分を見る。
それから写真の中の私はスクスクと成長していった。
ハイハイしていたのが立つようになり、おむつで丸くなったお尻の後ろ姿は我ながらキュートだ。
公園でタンポポの綿毛を吹いている私と、笑っている母。
父は撮り役に徹しているようだけれど、私の誕生日や記念の時は、タイマー機能を使って家族三人で写るようにしていた。
幼稚園の運動会、卒園式、小学校の入学式、前歯が抜けてニカッと笑ってる私。
新しい真っ赤な自転車を買ってもらった時の事は覚えている。
嬉しくて、色んな所まで行ったっけ。
浴衣を着せてもらった私。家族で手持ち花火をしている光景。溶けたソフトクリームを舐めながら笑ってる私。
写真の中の私は、いつも笑顔だ。
「……お父さんから見た私、こういう感じだったんだね」
「当たり前の事だけど、澄哉さんは朱里を愛していたわ。本当に、目に入れても痛くないぐらい可愛がっていたの。朱里に『お父さんと結婚する』って言われた時は、デレデレしててねぇ……」
母はクスクス笑い、紅茶を飲む。