部長と私の秘め事

広島へ

 そのようにして、私は十二年ぶりに過去に対面し、多分、無事に乗り越えた。

 いまだに苦手なものはあるけれど、尊さんと一緒に過ごし、家族たちと笑い合ううちに、少しずつ薄れていくはずだ。

 まだ自死する前の梅雨時期、『梅雨きらーい』と言った私に、父はこう言った。

『雨は草花をスクスク育てるための、天からの恵みだよ。それに誇りっぽくなった空気を洗い流してくれるし、梅雨が終わったあとは夏が待っている。暑くて嫌かもしれないけど、父さんは明るい気持ちになるから好きだなぁ。……山も海も花火も、ヒマワリも、何もかもワクワクするじゃないか』

 きっと父は、この世界を愛していた。

 自死を選んでしまったのは、尊さんが言ったように感覚が麻痺して突発的に行動してしまってのかもしれない。

 もっと冷静になれていたら、世界に絶望せず、まだまだ色んなものを愛していったはずだ。

 だからその分、父が愛した世界を、今度は私が切り取って記念にしていく。

 写真の詳しい技術は分からないけど、今度、初心者にも優しい写真入門の本でも買って、少しずつ勉強していこう。

 父から渡された、カメラというバトンを持って、この世界の美しい瞬間を沢山切り取って、いつか父が待つ場所にゴールした時、沢山見せてあげるんだ。



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 無事、私は父の死を一応乗り越えた。

 けれど梅雨時期になると体調が悪くなるのは、すぐ治らないようで、低気圧になって頭痛がしたり、精神的に参ってしまったりするのも相変わらずだ。

 鎮痛剤と仲良しこよししたり、尊さんに甘えたり、ジメーッとした気持ちを恵とカラオケ行ったり、バッティングセンターに行ったりで晴らし、なんとかやり過ごした。

 ちなみに私は歌のレパートリーが少ないので、合唱の声でミュージカルの歌を歌ったり、学校で習った合唱曲を歌い、恵とハモった。

 尊さんと涼さんがいたら、テナーとバリトンをやってくれるんだろうかと思ったけど、女子の園に男子は入れられない。

 二人だけのノリでふざけて歌い、ゲラゲラ笑うのがまた楽しいので、彼らがいたら照れくさくてスンッと大人しくなり、ストレス発散どころじゃなくなってしまう。

 女子の園と言えば、エミリさんと春日さんも誘ったら、もっと楽しい事になりそうだ。

 今度誘ってみよう。





 そんな感じで七月の梅雨明け頃、満を持して私は尊さんと広島に向かう事になった。

「東京に住んでいたのに、土産に東京銘菓っていうのも変な感じだな……」

 尊さんは宮本さんに持っていく手土産にかなり悩んだらしい。

 結局、東京にしか店舗のないパティスリーの焼き菓子を買い、それでもやっぱり外せないという事で、バナナのお菓子や浅草の芋羊羹、チーズを挟んだラングドシャやら、バターサンド、あられ、おかきなどを買っていた。

「尊さん、お菓子屋さんみたいですね」

 今日は移動だけなので、私は白Tにダボッとしたデニムを穿き、スニーカーというカジュアルな格好だ。

 その上にUVケアのための、ゆるっとしたシルエットの透け感のあるカーディガンを羽織った。

 勿論、サングラスや帽子、折りたたみの日傘も完備だ。

 尊さんは胸元にワンポイントの模様が入った白Tに、黒のテーパードパンツを穿いている。

 これがまた、青いサングラスを掛けているものだから、格好良くて……。

 彼は私に「お菓子屋さん」と言われて笑い、ファーストクラスのゲートで大きい荷物を預けてグランドスタッフさんに会釈する。

 さすが尊さんは慣れた様子だけど、私は重厚感のある黒と赤の空間に少しビビっている。

「気分は売人だよ。……ってか、何が気に入るのか分からなくて、ちょっとテンパった」

「尊さんが選んだの、全部美味しいと思うので問題ないと思いますよ」

 私はお菓子選びの旅にお付き合いしたけど、どれも太鼓判を押せる美味しさだ。

 むしろこんなにお菓子を沢山もらえる、宮本さんが羨ましいぐらいだ。

 ……と、食い気は置いておいて。

「旅行、楽しみですね。……大事なのは宮本さんとのお話ですが」

「だな」

 そんな会話をしながら、私たちは保安検査を抜けてファーストクラスのラウンジに入った。
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