部長と私の秘め事
「……尊さんの言う通りですけど……」
ボソッと呟くと、彼は「よし!」と言うと立ち止まり、スマホを出した。
「ちょっと宮本に確認とる」
「えっ?」
私が驚いて固まっている間、尊さんは以前の躊躇いはどこかへ、トトト……と宮本さんにメッセージを送っている。
……多分、酔いの勢いもあるのかな。この人、そう簡単には酔わないけど。
トンッとタップして送信したあと、尊さんはまた私の手を握ってブラブラ歩き出す。
「向こうの旦那さんは子連れで、真面目な話に同席するのに向いてない。でも二人きりは彼も嫌がると思う。その点、朱里がいれば向こうも安心できるんじゃないか? 宮本だって元彼と二人きりで会って、旦那さんに嫌な想いをさせるのは避けたいだろうし」
「緩衝材?」
「そういう事。……おっ」
その時、尊さんのポケットの中でスマホが震え、彼は「悪い」と立ち止まってメッセージを確認する。
「ん、大丈夫だってさ。宮本もいま言ってたみたいな気まずさを多少なりとも抱いていたから、朱里がいると助かるって」
「それなら良かったです」
安心した私は、ニコッと笑って胸を撫で下ろす。
そのあと、顔の知らない宮本さんが、家族と一緒にこの辺を通っている姿を想像し、溜め息をつく。
「……宮本さん、どんな人かな」
「……俺の知ってる宮本は以前に話した通りだけど、十年も経てば人って変わるからな。二十二歳当時の俺は本当に若造で、世間を知らないただのガキだった。無茶な働き方をして、朝まで飲んで……。宮本も同じような感じだったけど、今もそのままだったらお互いヤバイだろ」
「まぁ、確かに」
私の二十二歳は四年前だけど、尊さんにとっては十年も前なんだ。
そう思うと、改めて自分と彼の年齢差を感じた。
「宮本は結婚して母親になったし、俺以上に変わってる気がする。もともと良識的な人だったし、朱里が不安がる事は言わないし、しないと思うぜ」
「うん、そうですね」
返事をしながら、私はモヤモヤする自分の心をグッと抑える。
(尊さんが私より先に宮本さんに出会ったのは仕方のない事。付き合っていたから、彼女をよく知っているのも当たり前。……そんなどうしようもない事で悩むなんてどうかしてる)
割り切ったつもりでいて、私の胸の奥には〝尊さんの元カノ〟という存在が絡み、深く根を張っていた。
宮本さんは悪い人じゃないと分かっている。
むしろ怜香さんの被害に遭った可哀想な人で、同情すべき人だ。
尊さんが言う通り、彼女は竹を割ったような性格で、尊さんと関わったから酷い目に遭ったと知っても決して彼を攻めなかった、本当に心の清らかな人だ。
だからこそ、「敵わないのでは」と思ってしまう自分がいる。
尊さんは私を裏切らない。結婚しようって言ってくれているのに、元カノに再会したからといって、私を捨てる人じゃない。
宮本さんも結婚して旦那さんとお子さんがいるし、やっと掴んだ平穏な幸せを手放す愚かな人じゃない。
なのに――。
尊さんが宮本さんを信頼し、「あいつはいい奴だ」と褒めるほどに、私はお腹の底をギュッと掴まれたような心地になる。
だからといって、尊さんに宮本さんの悪口を言ってほしい訳でもない。
そんなの、私が好きになった尊さんのする事じゃない。
でも――。
「朱里」
名前を呼ばれ、私はハッと我に返る。
思考に没頭するあまり、私は途中で歩みを止めてしまっていたみたいだ。
「……悪かった。朱里の前であまり宮本の話をすべきじゃなかったな」
尊さんは申し訳なさそうな顔をしていて、私は彼にそんな表情をさせた自分が嫌で堪らず、泣いてしまいそうになる。
「ううん。……違うの」
「……いや。恋人の目の前で元カノの話をした俺が馬鹿だった」
「違うの。私、尊さんにはちゃんと十年前の出来事に向き合って、乗り越えてほしい」
「……ああ」
尊さんは切なげに微笑み、私を抱き寄せた。
通行人が好奇の目で見ようが彼は構わず、むしろその視線から私を守るようにギュッと抱き締める。
ボソッと呟くと、彼は「よし!」と言うと立ち止まり、スマホを出した。
「ちょっと宮本に確認とる」
「えっ?」
私が驚いて固まっている間、尊さんは以前の躊躇いはどこかへ、トトト……と宮本さんにメッセージを送っている。
……多分、酔いの勢いもあるのかな。この人、そう簡単には酔わないけど。
トンッとタップして送信したあと、尊さんはまた私の手を握ってブラブラ歩き出す。
「向こうの旦那さんは子連れで、真面目な話に同席するのに向いてない。でも二人きりは彼も嫌がると思う。その点、朱里がいれば向こうも安心できるんじゃないか? 宮本だって元彼と二人きりで会って、旦那さんに嫌な想いをさせるのは避けたいだろうし」
「緩衝材?」
「そういう事。……おっ」
その時、尊さんのポケットの中でスマホが震え、彼は「悪い」と立ち止まってメッセージを確認する。
「ん、大丈夫だってさ。宮本もいま言ってたみたいな気まずさを多少なりとも抱いていたから、朱里がいると助かるって」
「それなら良かったです」
安心した私は、ニコッと笑って胸を撫で下ろす。
そのあと、顔の知らない宮本さんが、家族と一緒にこの辺を通っている姿を想像し、溜め息をつく。
「……宮本さん、どんな人かな」
「……俺の知ってる宮本は以前に話した通りだけど、十年も経てば人って変わるからな。二十二歳当時の俺は本当に若造で、世間を知らないただのガキだった。無茶な働き方をして、朝まで飲んで……。宮本も同じような感じだったけど、今もそのままだったらお互いヤバイだろ」
「まぁ、確かに」
私の二十二歳は四年前だけど、尊さんにとっては十年も前なんだ。
そう思うと、改めて自分と彼の年齢差を感じた。
「宮本は結婚して母親になったし、俺以上に変わってる気がする。もともと良識的な人だったし、朱里が不安がる事は言わないし、しないと思うぜ」
「うん、そうですね」
返事をしながら、私はモヤモヤする自分の心をグッと抑える。
(尊さんが私より先に宮本さんに出会ったのは仕方のない事。付き合っていたから、彼女をよく知っているのも当たり前。……そんなどうしようもない事で悩むなんてどうかしてる)
割り切ったつもりでいて、私の胸の奥には〝尊さんの元カノ〟という存在が絡み、深く根を張っていた。
宮本さんは悪い人じゃないと分かっている。
むしろ怜香さんの被害に遭った可哀想な人で、同情すべき人だ。
尊さんが言う通り、彼女は竹を割ったような性格で、尊さんと関わったから酷い目に遭ったと知っても決して彼を攻めなかった、本当に心の清らかな人だ。
だからこそ、「敵わないのでは」と思ってしまう自分がいる。
尊さんは私を裏切らない。結婚しようって言ってくれているのに、元カノに再会したからといって、私を捨てる人じゃない。
宮本さんも結婚して旦那さんとお子さんがいるし、やっと掴んだ平穏な幸せを手放す愚かな人じゃない。
なのに――。
尊さんが宮本さんを信頼し、「あいつはいい奴だ」と褒めるほどに、私はお腹の底をギュッと掴まれたような心地になる。
だからといって、尊さんに宮本さんの悪口を言ってほしい訳でもない。
そんなの、私が好きになった尊さんのする事じゃない。
でも――。
「朱里」
名前を呼ばれ、私はハッと我に返る。
思考に没頭するあまり、私は途中で歩みを止めてしまっていたみたいだ。
「……悪かった。朱里の前であまり宮本の話をすべきじゃなかったな」
尊さんは申し訳なさそうな顔をしていて、私は彼にそんな表情をさせた自分が嫌で堪らず、泣いてしまいそうになる。
「ううん。……違うの」
「……いや。恋人の目の前で元カノの話をした俺が馬鹿だった」
「違うの。私、尊さんにはちゃんと十年前の出来事に向き合って、乗り越えてほしい」
「……ああ」
尊さんは切なげに微笑み、私を抱き寄せた。
通行人が好奇の目で見ようが彼は構わず、むしろその視線から私を守るようにギュッと抱き締める。