部長と私の秘め事
「過去の話をして、喧嘩を売りたい訳じゃありません。凜に去られた速水さんもとても傷付いたでしょうし、裏切られたと感じたかもしれない。……二人とも、お互いの気持ちを知らずに別の場所でズタズタになっていたんです。……その話を聞いて、僕は『残酷な運命だな』と感じました。事件さえなければ、二人は東京で結婚していたかもしれない。……でも、いくら二人が想い合っていても、お互いを憎んでいなくても、凜と速水さんの線は途中から逸れていったんです」
知樹さんは両手の人差し指をくっつけて動かし、途中から両側に離していく。
「離れてしまった線は、こうやって交わりましたが、お互いに伴侶となる存在がいる以上、以前のような交わり方ではありません」
知樹さんは両手の人差し指を、上下にずらした状態で同じポイントに重ねる。
「二人ともこれからはお互いのパートナーと共に歩み、それぞれの人生を歩んでいくんです。人生にはこういう事が多くあると思います。男女だけでなく、友人や家族、親戚でも。『昔はあれだけ仲が良かったのに、今は疎遠になってしまった』とか、『同じ学校に通っていた訳じゃないに、今はこんなに仲がいい』とか。……だから、今はそれぞれの生活を大切にしましょう。『会わないほうがいい』じゃなくて、まず自分たちの生活を優先するんです。無理に距離を作ろうとしたら、また何かが狂ってしまうかもしれない。……凜だって、『もう会わないほうがいい』というのは、思っている事と多少ニュアンスが違うよね?」
知樹さんに優しく尋ねられ、宮本さんは「……そうだね」と頷く。
「こうして十年ぶりに再会したのも何かの縁と思いますし、時々、年賀状とかやり取りをする程度なら関わりを持っていてもいいと思います。無理矢理に縁を絶ちきって、思い出して言いようのない感情に囚われるぐらいなら、年に一回近況報告をしたほうが、お互い安心できるんじゃないですか?」
彼の提案を聞いて、私は小さく挙手した。
「それ、私も賛成です」
みんなの視線が集まってちょっと緊張したけど、私は膝の上でモジモジと指を絡ませつつ意見を言う。
「縁って、無理矢理繋げるものじゃないし、無理矢理断ち切るものでもないと思います。……本当に酷い縁なら、縁切り神社とかにお願いしにいくだろうけど、それとは違うでしょう? ……何事も〝自然に〟でいいと思うんです。……宮本さんがとても前向きになった事は、凄く素敵な事だと思います。あなたみたいになりたいと思ったのも、本当の気持ちです。……気分を害したら申し訳ないんですが、そうなる過程に、無理矢理にでも自分を叱咤して『とにかく前を向け、上を見て笑え』って言い聞かせていた時期はありませんでしたか?」
彼女を見つめて言うと、図星だったのか宮本さんは気まずそうに目を逸らした。
「一度受けた深い傷って、ちょっとやそっとじゃ消えません。……『大丈夫』って自分に言い聞かせて、強制的に強くなった状態で、『もう何も気にしていないから、報告が終わったら関係を断ち切ろう』だと、……なんか……、違うと思うんです。上手く言えないんですが」
私は言葉を探し、さらに続ける。
「尊さんも、ずっと宮本さんの事で苦しみ続けてきました。少し前にあなたが残した手紙を読んで、嫌われていなかったと知って、とても安堵したと思います。でも同時に気付けなかった自分を物凄く責めました。……そんな強い想いがあるのに、今こうやって顔を合わせてお互いの無事を確認し合えて、『幸せそうで良かった』と分かったら、『じゃあ、これで』ってバイバイしちゃうの、……ちょっと違うなって」
チラッと尊さんを見ると、物言いたげな目で私を見ていた。
「私は尊さんの婚約者として、今後も宮本さん……、夏目さんご一家と関っても全然嫌じゃありません。だって既婚者だし、こんなに素敵な旦那さんとお子さんもいるし、よりを戻すなんてあり得ないって安心できていますもの」
そう言って、私はちょっと胸を張る。
「多分、尊さんも宮本さんも、当事者だからパートナーである私たちに、『嫌な思いをさせたくない』ってとても気を遣っていると思うんです。でも、実際に会って宮本さんがとても素敵な人なのは分かりましたし、知樹さんも尊さんがそういう男性じゃないと理解してくださっていると思います」
私の言葉を聞き、知樹さんはしっかり頷いた。
「だから、私たちは大丈夫だから、無理矢理ご縁を断ち切ろうとしなくていいんです。私はせっかく知り合えたんだから、夏目さんご一家がこれからどうやって過ごしていくか知りたいですし、お子さんたちの成長も知りたい。知り合った人には、幸せでいてほしいなと思うから、お互いに好意を抱いているのに無理に関係を断ち切る事はない。……って言いたかったんです。お別れするのは、どうしても関係が上手くいかず、生活に支障をきたしてしまうぐらいじゃないかな……って。その点、東京と広島だと基本的に遠方なので、普通に生活していれば接点はない訳ですし、頻繁に気にする必要もありません」
私が言ったあと、知樹さんが尊さんに向かって言った。
「僕が憎んでいるのは、君の継母と伊形社長です。君の境遇には同情しているし、当時の君には何もできなかったと理解しています。……だから、僕が速水さんを憎んでいると思わなくていいんですよ。……引け目を感じるのは理解します。会わせる顔がないと思っていたのも分かります。……でもこれ以上、罪悪感を引きずらないでください」
知樹さんに言われ、尊さんは吐息をつく。
「あなたを初めて見た時、上村さんというパートナーと一緒にいて幸せそうだと感じました。でも凜を見る目には、強い悔恨と罪の意識があって、今でも酷く傷付いているのが分かりました。……出会った頃の凜と同じ目です。深く傷付いて、それでも誰かを思いやろうとしている目。……僕、そういう人に弱いんですよね。自分で自分を責め続ける人を、僕は責めません。……いつかその想いが軽くなる事を願うばかりです」
優しく言われ、尊さんは息を震わせながら吐いた。
知樹さんは両手の人差し指をくっつけて動かし、途中から両側に離していく。
「離れてしまった線は、こうやって交わりましたが、お互いに伴侶となる存在がいる以上、以前のような交わり方ではありません」
知樹さんは両手の人差し指を、上下にずらした状態で同じポイントに重ねる。
「二人ともこれからはお互いのパートナーと共に歩み、それぞれの人生を歩んでいくんです。人生にはこういう事が多くあると思います。男女だけでなく、友人や家族、親戚でも。『昔はあれだけ仲が良かったのに、今は疎遠になってしまった』とか、『同じ学校に通っていた訳じゃないに、今はこんなに仲がいい』とか。……だから、今はそれぞれの生活を大切にしましょう。『会わないほうがいい』じゃなくて、まず自分たちの生活を優先するんです。無理に距離を作ろうとしたら、また何かが狂ってしまうかもしれない。……凜だって、『もう会わないほうがいい』というのは、思っている事と多少ニュアンスが違うよね?」
知樹さんに優しく尋ねられ、宮本さんは「……そうだね」と頷く。
「こうして十年ぶりに再会したのも何かの縁と思いますし、時々、年賀状とかやり取りをする程度なら関わりを持っていてもいいと思います。無理矢理に縁を絶ちきって、思い出して言いようのない感情に囚われるぐらいなら、年に一回近況報告をしたほうが、お互い安心できるんじゃないですか?」
彼の提案を聞いて、私は小さく挙手した。
「それ、私も賛成です」
みんなの視線が集まってちょっと緊張したけど、私は膝の上でモジモジと指を絡ませつつ意見を言う。
「縁って、無理矢理繋げるものじゃないし、無理矢理断ち切るものでもないと思います。……本当に酷い縁なら、縁切り神社とかにお願いしにいくだろうけど、それとは違うでしょう? ……何事も〝自然に〟でいいと思うんです。……宮本さんがとても前向きになった事は、凄く素敵な事だと思います。あなたみたいになりたいと思ったのも、本当の気持ちです。……気分を害したら申し訳ないんですが、そうなる過程に、無理矢理にでも自分を叱咤して『とにかく前を向け、上を見て笑え』って言い聞かせていた時期はありませんでしたか?」
彼女を見つめて言うと、図星だったのか宮本さんは気まずそうに目を逸らした。
「一度受けた深い傷って、ちょっとやそっとじゃ消えません。……『大丈夫』って自分に言い聞かせて、強制的に強くなった状態で、『もう何も気にしていないから、報告が終わったら関係を断ち切ろう』だと、……なんか……、違うと思うんです。上手く言えないんですが」
私は言葉を探し、さらに続ける。
「尊さんも、ずっと宮本さんの事で苦しみ続けてきました。少し前にあなたが残した手紙を読んで、嫌われていなかったと知って、とても安堵したと思います。でも同時に気付けなかった自分を物凄く責めました。……そんな強い想いがあるのに、今こうやって顔を合わせてお互いの無事を確認し合えて、『幸せそうで良かった』と分かったら、『じゃあ、これで』ってバイバイしちゃうの、……ちょっと違うなって」
チラッと尊さんを見ると、物言いたげな目で私を見ていた。
「私は尊さんの婚約者として、今後も宮本さん……、夏目さんご一家と関っても全然嫌じゃありません。だって既婚者だし、こんなに素敵な旦那さんとお子さんもいるし、よりを戻すなんてあり得ないって安心できていますもの」
そう言って、私はちょっと胸を張る。
「多分、尊さんも宮本さんも、当事者だからパートナーである私たちに、『嫌な思いをさせたくない』ってとても気を遣っていると思うんです。でも、実際に会って宮本さんがとても素敵な人なのは分かりましたし、知樹さんも尊さんがそういう男性じゃないと理解してくださっていると思います」
私の言葉を聞き、知樹さんはしっかり頷いた。
「だから、私たちは大丈夫だから、無理矢理ご縁を断ち切ろうとしなくていいんです。私はせっかく知り合えたんだから、夏目さんご一家がこれからどうやって過ごしていくか知りたいですし、お子さんたちの成長も知りたい。知り合った人には、幸せでいてほしいなと思うから、お互いに好意を抱いているのに無理に関係を断ち切る事はない。……って言いたかったんです。お別れするのは、どうしても関係が上手くいかず、生活に支障をきたしてしまうぐらいじゃないかな……って。その点、東京と広島だと基本的に遠方なので、普通に生活していれば接点はない訳ですし、頻繁に気にする必要もありません」
私が言ったあと、知樹さんが尊さんに向かって言った。
「僕が憎んでいるのは、君の継母と伊形社長です。君の境遇には同情しているし、当時の君には何もできなかったと理解しています。……だから、僕が速水さんを憎んでいると思わなくていいんですよ。……引け目を感じるのは理解します。会わせる顔がないと思っていたのも分かります。……でもこれ以上、罪悪感を引きずらないでください」
知樹さんに言われ、尊さんは吐息をつく。
「あなたを初めて見た時、上村さんというパートナーと一緒にいて幸せそうだと感じました。でも凜を見る目には、強い悔恨と罪の意識があって、今でも酷く傷付いているのが分かりました。……出会った頃の凜と同じ目です。深く傷付いて、それでも誰かを思いやろうとしている目。……僕、そういう人に弱いんですよね。自分で自分を責め続ける人を、僕は責めません。……いつかその想いが軽くなる事を願うばかりです」
優しく言われ、尊さんは息を震わせながら吐いた。