部長と私の秘め事
「……知樹さん、聖人みたいな人だと言われませんか?」
泣きそうな顔で冗談めかした事を言う彼に、知樹さんは軽やかに笑う。
「教師をしていると、色んな生徒を見ます。子供でも嘘をつきますし、徒党を組んでいじめもします。家庭環境から、人を試すような行動しかとれない子、感情を言葉で説明できず、怒りや嘲笑で発散させようとする子もいます。……第三者がいれば『いじめの加害者、被害者』『この子は問題児』と言うでしょう。……ですが、僕は生まれてまだ十年も生きていない子たちが、自分たちの意志でそこまで歪むと思っていないんです。……家庭環境、SNSなどがもたらす情報、〝みんなが言ってるから〟に踊らされて、自分でよく考えずに上辺だけの行動をとろうとします。……だから僕は、人の本質を見ないと駄目だと常に自分に言い聞かせています」
まじめな顔で語る知樹さんは、教育者の顔をしていた。
「大事なのは、受け持っている子供たちがいかにまっさらな状態で教育を受け、将来大人になった時、より良い人生を歩める人になれるかです。問題が生じても、どうやって解決していくかを教え、人の間で生きる術を学ばせていくんです。……僕は小学校教諭ですが、人生の土台となる部分を担っていると自負しています。……よく、子供の心は固まる前のコンクリートだと言われます。その時にできた傷は大人になっても消えないまま。僕たち教師は、その傷ができないよう、なるべくフォローして子供の心を守っていくんです」
「教育者って、大変ですね」
尊さんが言うと、知樹さんはニコリと笑う。
「ええ。でもやり甲斐のある仕事です」
言ったあと、知樹さんは尊さんを見つめて語りかけた。
「僕は起こった不幸な出来事を、関わった人ごと憎むのではなく、一つ一つパーツ分けして考えるようにしています。すべてを大雑把に憎んでしまえば、凜の場合、東京が悪い、篠宮ホールディングスが悪い、男が悪い……という感じになってしまいます。意外と世の中、そういう風に捉えてしまっている人は多いんです。『不祥事を起こしたから、あの会社の商品は全部買わない』『性被害を受けたから男は全員敵』『仕事ができる人は枕営業をしているに違いない』とか。……とても極端な考え方ですが、残念ながらこう考える人は一定数います」
「……そうですね」
尊さんも心当たりがあるのか、神妙な面持ちで頷く。
「僕は〝考える人〟でありたいと願っています。『なぜそのような出来事が起こったのか』と考えたい。加害した人に同情する必要はありませんが、できるだけ細かく事件の背景を考えるようにするんです。そうしたら偏見を持たずに〝誰が、何が〟悪いかを見極められると思います」
知樹さんはそう言ったあと、少し照れくさそうに笑う。
「僕はずっと広島にいるので、凜の話を聞いたあと、一瞬だけ『これだから東京は……』という感情を抱いてしまいました。でもそれはただの偏見です。彼女の話を冷静に聞いて、誰が悪いのかを理解したあとは、……最初の話に戻りますが、速水さんを憎む必要はないと判断しました」
尊さんは視線を伏せ、小さく頷く。
「先ほども言った、子供たちの『みんなが嫌ってるから自分も嫌う』でいじめをしてしまう構図は、いま説明した感情にも結びついていると思います。明確な理由がなく『ただ何となく嫌う』という考えでは、人生で大切なものを沢山取りこぼしていくでしょう。僕も人間ですから、感情的になってしまう時はあります。……でもなるべく、あとになってからでもいいから冷静に考え、選択を修正できるならなるべく正しく生きていきたいんです」
知樹さんの話が一区切りついたと悟ってか、宮本さんは小さく笑った。
「この人、真面目でしょう? でもそういう所が好きなんだ。丁寧に物事を説明するから、話が長くなるけど、それでも頭ごなしに命令せず、きちんと理由を教えてくれる。……だから、たまに喧嘩もするけど、大体カッとなった私が悪いってパターンが多い」
「素敵なご夫婦ですね」
私が褒めると、お二人は嬉しそうに笑った。
「まぁ、そんな訳で、僕は上村さんがさっき言ったように、繋がった縁を無理に切る必要はないと思います。積極的に関わっていくかはまた考えるとして、凜が速水さんと関わる事で体調を崩すなどがなければ、問題ないと思っています。勿論、そうなる事があれば適宜対処し、最悪の場合は年賀状のやり取りも辞退する事もあるかと思いますが」
「はい、承知しています」
尊さんは真面目な表情で頷く。
「……尊さんはどう思ってるんですか? 言いづらいと思うけど、本音を教えてください」
私が尋ねると、彼はチラッと夏目さん夫婦を気にしてから、少しずつ語っていった。
「前置きとして、今の宮本には一切恋愛感情はないと思って聞いてほしいです」
それを聞き、お二人は頷く。
「俺が彼女がいなくなってから、『元気でやっているかな』とずっと思ってきた。継母の仕業だと分かっても、何をされたまでかは知らなかったから、パワハラ的なものを受けたのだと思っていた。……宮本と出会う前に関わった女性たちも、全員継母によって、脅されたり、金品をチラつかされて遠ざけられたから、……失礼ながら、その時も〝同じ〟だと思ってしまったんだ」
尊さんの話を聞き、宮本さんは切なげに笑う。
泣きそうな顔で冗談めかした事を言う彼に、知樹さんは軽やかに笑う。
「教師をしていると、色んな生徒を見ます。子供でも嘘をつきますし、徒党を組んでいじめもします。家庭環境から、人を試すような行動しかとれない子、感情を言葉で説明できず、怒りや嘲笑で発散させようとする子もいます。……第三者がいれば『いじめの加害者、被害者』『この子は問題児』と言うでしょう。……ですが、僕は生まれてまだ十年も生きていない子たちが、自分たちの意志でそこまで歪むと思っていないんです。……家庭環境、SNSなどがもたらす情報、〝みんなが言ってるから〟に踊らされて、自分でよく考えずに上辺だけの行動をとろうとします。……だから僕は、人の本質を見ないと駄目だと常に自分に言い聞かせています」
まじめな顔で語る知樹さんは、教育者の顔をしていた。
「大事なのは、受け持っている子供たちがいかにまっさらな状態で教育を受け、将来大人になった時、より良い人生を歩める人になれるかです。問題が生じても、どうやって解決していくかを教え、人の間で生きる術を学ばせていくんです。……僕は小学校教諭ですが、人生の土台となる部分を担っていると自負しています。……よく、子供の心は固まる前のコンクリートだと言われます。その時にできた傷は大人になっても消えないまま。僕たち教師は、その傷ができないよう、なるべくフォローして子供の心を守っていくんです」
「教育者って、大変ですね」
尊さんが言うと、知樹さんはニコリと笑う。
「ええ。でもやり甲斐のある仕事です」
言ったあと、知樹さんは尊さんを見つめて語りかけた。
「僕は起こった不幸な出来事を、関わった人ごと憎むのではなく、一つ一つパーツ分けして考えるようにしています。すべてを大雑把に憎んでしまえば、凜の場合、東京が悪い、篠宮ホールディングスが悪い、男が悪い……という感じになってしまいます。意外と世の中、そういう風に捉えてしまっている人は多いんです。『不祥事を起こしたから、あの会社の商品は全部買わない』『性被害を受けたから男は全員敵』『仕事ができる人は枕営業をしているに違いない』とか。……とても極端な考え方ですが、残念ながらこう考える人は一定数います」
「……そうですね」
尊さんも心当たりがあるのか、神妙な面持ちで頷く。
「僕は〝考える人〟でありたいと願っています。『なぜそのような出来事が起こったのか』と考えたい。加害した人に同情する必要はありませんが、できるだけ細かく事件の背景を考えるようにするんです。そうしたら偏見を持たずに〝誰が、何が〟悪いかを見極められると思います」
知樹さんはそう言ったあと、少し照れくさそうに笑う。
「僕はずっと広島にいるので、凜の話を聞いたあと、一瞬だけ『これだから東京は……』という感情を抱いてしまいました。でもそれはただの偏見です。彼女の話を冷静に聞いて、誰が悪いのかを理解したあとは、……最初の話に戻りますが、速水さんを憎む必要はないと判断しました」
尊さんは視線を伏せ、小さく頷く。
「先ほども言った、子供たちの『みんなが嫌ってるから自分も嫌う』でいじめをしてしまう構図は、いま説明した感情にも結びついていると思います。明確な理由がなく『ただ何となく嫌う』という考えでは、人生で大切なものを沢山取りこぼしていくでしょう。僕も人間ですから、感情的になってしまう時はあります。……でもなるべく、あとになってからでもいいから冷静に考え、選択を修正できるならなるべく正しく生きていきたいんです」
知樹さんの話が一区切りついたと悟ってか、宮本さんは小さく笑った。
「この人、真面目でしょう? でもそういう所が好きなんだ。丁寧に物事を説明するから、話が長くなるけど、それでも頭ごなしに命令せず、きちんと理由を教えてくれる。……だから、たまに喧嘩もするけど、大体カッとなった私が悪いってパターンが多い」
「素敵なご夫婦ですね」
私が褒めると、お二人は嬉しそうに笑った。
「まぁ、そんな訳で、僕は上村さんがさっき言ったように、繋がった縁を無理に切る必要はないと思います。積極的に関わっていくかはまた考えるとして、凜が速水さんと関わる事で体調を崩すなどがなければ、問題ないと思っています。勿論、そうなる事があれば適宜対処し、最悪の場合は年賀状のやり取りも辞退する事もあるかと思いますが」
「はい、承知しています」
尊さんは真面目な表情で頷く。
「……尊さんはどう思ってるんですか? 言いづらいと思うけど、本音を教えてください」
私が尋ねると、彼はチラッと夏目さん夫婦を気にしてから、少しずつ語っていった。
「前置きとして、今の宮本には一切恋愛感情はないと思って聞いてほしいです」
それを聞き、お二人は頷く。
「俺が彼女がいなくなってから、『元気でやっているかな』とずっと思ってきた。継母の仕業だと分かっても、何をされたまでかは知らなかったから、パワハラ的なものを受けたのだと思っていた。……宮本と出会う前に関わった女性たちも、全員継母によって、脅されたり、金品をチラつかされて遠ざけられたから、……失礼ながら、その時も〝同じ〟だと思ってしまったんだ」
尊さんの話を聞き、宮本さんは切なげに笑う。