部長と私の秘め事
「その話はチラッと聞いていたし、『裏切られた』って思わせただろうね。ごめん」
彼女の言葉を聞いた尊さんは、首を横に振る。
「今度こそは信じられる人だと思っていたから、余程の理由があるんだと思っていた。……それから十年、俺は〝理由〟を知らずに生きてきた。だから宮本がどこかでもう傷付かず、誰かと幸せになってくれていたら、それでいいと祈り続けてきた」
尊さんは静かに息を吐き、続きを話す。
「もう会えると思っていなかったし、許されるとも思っていなかった。……だからあの手紙を見て安堵し、……朱里に勇気をもらって連絡をした。……手紙ではとても気丈に振る舞っていたけど、俺を責めず、なるべく冷静な文章を書くのにとても苦労しただろうと思う。……広島で会えたら謝って……、正直、そのあとの事は考えられていなかった。……やっと幸せを掴めた宮本が俺とまた関わりたいと思うとは考えられなかったし、さっき提案された通り、今回限りと思っていたんだ」
私はコクンと頷き、テーブルの上にあった尊さんの手を握った。
「でも〝これから〟を考えてもいいと思いますよ」
「……そうだな。……多分、俺も宮本も今回会ったあとの事は考えていなかった。俺には朱里がいて、宮本にはご家族がいるなら、これ以上関わるべきじゃないと無意識で決めつけていた。……まさか、許されるとは思っていなかったから」
向かいに座っている宮本さんを見ると、尊さんと同じ表情をしていた。
閉ざされていたと思っていた門の鍵が実は開いていると知り、戸惑いながらも喜び、けれど、どうしたらいいか分からずにいる顔だ。
その時、知樹さんが言った。
「二人とも、そろそろ自分を許していいんですよ」
彼の言葉を聞き、尊さんも宮本さんもハッとした表情をする。
「二人とも、篠宮怜香の被害者です。そしてお互いに『傷つけてしまった』と深く後悔している。……でもこうして遺恨を解決した以上、もう引きずるのはやめましょう」
知樹さんに言われ、尊さんと宮本さんは見つめ合ったあとに、ぎこちなく笑った。
「そうですよ! あとは幸せに向かってアクセル全開なんです。『ごめんなさい』を言ったあとは、楽しい事だけ考えないと」
トントンと尊さんの背中を叩いて言うと、彼はクシャッと笑った。
「そうだな」
私たちの様子を見て、宮本さんは安心したように笑った。
「朱里さんはそうやって、速水くんを引っ張り上げてくれたんだね」
彼女に言われ、私は微笑んで首を左右に振った。
「お互いです。私もどん底にいた時、尊さんに救われました」
「そっか。お互い、なくてはならない存在なんだね。私たちもだよ」
そう言って宮本さんは夫の腕を組み、知樹さんは照れくさそうに笑った。
そのあと、名残惜しいながらも私たちはお別れしてホテルに戻る事にした。
最後に一応、お互いの住所や電話番号、メールアドレスなどの連絡先を交換する。
SNSのIDではなく、あえてアナログ寄りな情報というのが、今の私たちにとって適切な距離感なんだろう。
そして改めて、今後は〝夏目凜〟〝篠宮尊〟として呼び合う事を決めた。
知樹さんは近くのコインパーキングに車を停めていたらしく、駅まで送ってくれた。
「じゃあ、元気で」
「ありがとうございました」
車の中から手を振る夏目夫妻に、私たちも「ありがとうございました」と手を振り返す。
ミニバンが走り去ったあと、私はテールランプを目で追いかける。
「行こう」
尊さんに言われ、私は駅直結のホテルに向かって歩き出した。
**
「はぁ……」
観光して疲れたのもあるし、気疲れと言ったら失礼かもしれないけれど、精神的にも疲労を感じて私はベッドに倒れ込む。
尊さんも同様にベッドに仰向けになり、溜め息をつく。
そのまま、お互い黙っていたけれど、私はモソリと尊さんのほうを見て尋ねた。
「スッキリできましたか?」
「……そうだな。ずっと胸の奥でつかえていたものは取れた気がする」
「なら良かった」
私は微笑み、足をすりあわせて靴を脱ぎ、ズリズリと移動して仰向けになる。
「……朱里はどうだった? 嫌じゃなかったか?」
旅行前に不安定になっていたのを思い出してか、尊さんは気を遣ってくれる。
「うん、大丈夫ですよ」
私は返事をしたあと、天井を見ながらポツポツと自分の想いを語っていく。
彼女の言葉を聞いた尊さんは、首を横に振る。
「今度こそは信じられる人だと思っていたから、余程の理由があるんだと思っていた。……それから十年、俺は〝理由〟を知らずに生きてきた。だから宮本がどこかでもう傷付かず、誰かと幸せになってくれていたら、それでいいと祈り続けてきた」
尊さんは静かに息を吐き、続きを話す。
「もう会えると思っていなかったし、許されるとも思っていなかった。……だからあの手紙を見て安堵し、……朱里に勇気をもらって連絡をした。……手紙ではとても気丈に振る舞っていたけど、俺を責めず、なるべく冷静な文章を書くのにとても苦労しただろうと思う。……広島で会えたら謝って……、正直、そのあとの事は考えられていなかった。……やっと幸せを掴めた宮本が俺とまた関わりたいと思うとは考えられなかったし、さっき提案された通り、今回限りと思っていたんだ」
私はコクンと頷き、テーブルの上にあった尊さんの手を握った。
「でも〝これから〟を考えてもいいと思いますよ」
「……そうだな。……多分、俺も宮本も今回会ったあとの事は考えていなかった。俺には朱里がいて、宮本にはご家族がいるなら、これ以上関わるべきじゃないと無意識で決めつけていた。……まさか、許されるとは思っていなかったから」
向かいに座っている宮本さんを見ると、尊さんと同じ表情をしていた。
閉ざされていたと思っていた門の鍵が実は開いていると知り、戸惑いながらも喜び、けれど、どうしたらいいか分からずにいる顔だ。
その時、知樹さんが言った。
「二人とも、そろそろ自分を許していいんですよ」
彼の言葉を聞き、尊さんも宮本さんもハッとした表情をする。
「二人とも、篠宮怜香の被害者です。そしてお互いに『傷つけてしまった』と深く後悔している。……でもこうして遺恨を解決した以上、もう引きずるのはやめましょう」
知樹さんに言われ、尊さんと宮本さんは見つめ合ったあとに、ぎこちなく笑った。
「そうですよ! あとは幸せに向かってアクセル全開なんです。『ごめんなさい』を言ったあとは、楽しい事だけ考えないと」
トントンと尊さんの背中を叩いて言うと、彼はクシャッと笑った。
「そうだな」
私たちの様子を見て、宮本さんは安心したように笑った。
「朱里さんはそうやって、速水くんを引っ張り上げてくれたんだね」
彼女に言われ、私は微笑んで首を左右に振った。
「お互いです。私もどん底にいた時、尊さんに救われました」
「そっか。お互い、なくてはならない存在なんだね。私たちもだよ」
そう言って宮本さんは夫の腕を組み、知樹さんは照れくさそうに笑った。
そのあと、名残惜しいながらも私たちはお別れしてホテルに戻る事にした。
最後に一応、お互いの住所や電話番号、メールアドレスなどの連絡先を交換する。
SNSのIDではなく、あえてアナログ寄りな情報というのが、今の私たちにとって適切な距離感なんだろう。
そして改めて、今後は〝夏目凜〟〝篠宮尊〟として呼び合う事を決めた。
知樹さんは近くのコインパーキングに車を停めていたらしく、駅まで送ってくれた。
「じゃあ、元気で」
「ありがとうございました」
車の中から手を振る夏目夫妻に、私たちも「ありがとうございました」と手を振り返す。
ミニバンが走り去ったあと、私はテールランプを目で追いかける。
「行こう」
尊さんに言われ、私は駅直結のホテルに向かって歩き出した。
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「はぁ……」
観光して疲れたのもあるし、気疲れと言ったら失礼かもしれないけれど、精神的にも疲労を感じて私はベッドに倒れ込む。
尊さんも同様にベッドに仰向けになり、溜め息をつく。
そのまま、お互い黙っていたけれど、私はモソリと尊さんのほうを見て尋ねた。
「スッキリできましたか?」
「……そうだな。ずっと胸の奥でつかえていたものは取れた気がする」
「なら良かった」
私は微笑み、足をすりあわせて靴を脱ぎ、ズリズリと移動して仰向けになる。
「……朱里はどうだった? 嫌じゃなかったか?」
旅行前に不安定になっていたのを思い出してか、尊さんは気を遣ってくれる。
「うん、大丈夫ですよ」
私は返事をしたあと、天井を見ながらポツポツと自分の想いを語っていく。