部長と私の秘め事
「今まで、俺に近寄ろうとした女たちは、みんな身なりに気を遣っていた。ハイスペ男をものにしてやろうって魂胆の女ばかりだったから、夏目さんの飾らない所が珍しく、魅力的に見えたのかもしれない」
「……性格の悪い質問ですけど、その時に好きになれる女性が他にいたら、凜さんになびかなかった?」
「かもな。当時の俺のベースには『誰と付き合ってもすぐフラれる』って女性不信があった。……裏で怜香が手を回していたって知ったのは、あとの事だけど。……言ってしまえば、俺に好意を持って、裏切らない人なら誰でも良かったのかもしれない。夏目さんは自分を飾らないタイプだったから、余計に『信頼できる』と感じたんだと思う」
「……確かに、それは言えるかもですね。私も他の誰でも良かったんだと思います。……本当の意味での〝誰でもいい〟とは違うけど、『いい彼氏になってくれそうだな』と思ったら、昭人じゃなくても良かったと思います」
そう言うと、尊さんに耳を摘ままれた。
「あのな、言っとくけど俺も田村にすげぇ嫉妬してるからな? あいつは犯罪に手を染めてまで朱里と復縁しようとして、その行動にも腹を立ててるし、俺の朱里の処女を奪っただけでなく、図々しくもいつまでもお前の心に居座ろうとする根性がムカついて堪らない。……俺は〝大人〟のつもりだから我慢してるけど、朱里が夏目さんに嫉妬するように、俺もあいつの名前が出たらムカッ腹を立ててる。……それは覚えといて」
尊さんは言ったあと、噛み付くように私にキスをしてきた。
「んむっ、……んー……、……んふふふ……」
「こら、喜ぶな」
キスをされながら笑うと、唇を離した尊さんは呆れたように笑う。
彼は私の上からどいてから、一つ息を吐いて続きを話す。
「……まぁ、そんな感じで距離が近づいて、気がついたら付き合うようになってた。きっかけは夏目さんで、『付き合わない?』と言われた。でも当時は彼女を同僚としか思えていなくて、承諾したものの『うまくいかないだろうな』と思ってた。……彼女とのデートは、テーマパークに行くとか、水族館とかショッピングじゃなく、公園や海近くをひたすら歩きながら話すような感じだった。……多分だけど、上京したてで、どこに行けばいいのか分からなかったんだと思う。それでいてキラキラしたものを求める人じゃないから、俺に何もねだらなかったし、食事も奢られるのを嫌った」
「しっかりしてたんですね」
私は最初から〝部長〟にご馳走されていたし、なんだか引け目を感じる。
「……かもしれないけど、多分何も分からなかったんだと思う。きっと付き合った経験もなくて、学生時代はボーイッシュだった子が、そのまま大きくなった感じだったんじゃないかな。……ちょっと中村さんと似た印象がある」
「ああ……、ならちょっと分かるかも」
恵は付き合った回数はあるものの、男性に慣れていなくて、甘えるのが苦手だ。
相手にご馳走してもらったり、物を買ってもらう事も『借りを作るみたいで嫌だ』と言っていた。
私もその辺りは似ていて、昭人と付き合っても割り勘を貫いていた。
十回に一回ぐらい、カフェでの飲み物代ぐらいは彼の面子を守らせてあげようと思って奢られていたけれど、基本的に『自分の食事だし』と思って奢られる事を拒否していた。
誕生日プレゼントとかはもらっていたけど、身の丈に合わない物を贈られた時は『次はもっとお手軽な物でいいよ』と一言添えていた。
多分それで余計に、昭人は私の心を手に入れられていないと思って、色々躍起になっていたんだと思うけど。
自分としても可愛げがないと思って反省していたけれど、高校生、大学生、社会人になりたての頃は、それに応じた値段の贈り物があると思う。
『バイトしてるから』と言ったけど、学生時代に何万円もするアクセサリーをもらった時は、嬉しいより申し訳ない気持ちで一杯になった。
尊さんの場合、最初から『自分よりずっと大人で稼いでる部長』という印象があったから、ご馳走されても割と平気だったんだと思う。
私と昭人も、昔の尊さんと凜さんも、同い年だったから金銭が絡む事に甘えきれなかったんだと感じた。
「……夏目さんは、子供の頃は男子に交じって遊ぶような子供だったと言ってた。だから学生時代から意識して髪を伸ばしていたらしい。〝何か〟があって少しでも女性らしくなりたいと思ったそうだけど」
「髪の長い女性、好き?」
少し意地悪な質問をすると、尊さんは私の髪を手で梳いて微笑んだ。
「綺麗な髪の婚約者がいるけど。……綺麗な毛並みの猫かな?」
「……にゃあ」
私は猫ネタにのって、彼に頬ずりする。
「……今はもう、遠い思い出だな。確かに当時は失ったあとに『好きだった』と気づかされたけど、十年も経つ間にその後悔も未練も薄まっていった。申し訳なさだけは残って、胸の奥に小骨のように引っ掛かっていたけど、それも今回で昇華できた。……十年抱え続けてきた後悔だから、すぐ気持ちを切り替えるのは無理だと思う。……でも幸せそうな彼女を見て安心した。あとは俺自身が、過去の傷付いた自分を慰めて『もういいよ』ってケアしていくだけなんだと思う」
「うん……」
私は尊さんの大きな手を握り、指を絡めて彼の胸板に顔を押しつける。
「……性格の悪い質問ですけど、その時に好きになれる女性が他にいたら、凜さんになびかなかった?」
「かもな。当時の俺のベースには『誰と付き合ってもすぐフラれる』って女性不信があった。……裏で怜香が手を回していたって知ったのは、あとの事だけど。……言ってしまえば、俺に好意を持って、裏切らない人なら誰でも良かったのかもしれない。夏目さんは自分を飾らないタイプだったから、余計に『信頼できる』と感じたんだと思う」
「……確かに、それは言えるかもですね。私も他の誰でも良かったんだと思います。……本当の意味での〝誰でもいい〟とは違うけど、『いい彼氏になってくれそうだな』と思ったら、昭人じゃなくても良かったと思います」
そう言うと、尊さんに耳を摘ままれた。
「あのな、言っとくけど俺も田村にすげぇ嫉妬してるからな? あいつは犯罪に手を染めてまで朱里と復縁しようとして、その行動にも腹を立ててるし、俺の朱里の処女を奪っただけでなく、図々しくもいつまでもお前の心に居座ろうとする根性がムカついて堪らない。……俺は〝大人〟のつもりだから我慢してるけど、朱里が夏目さんに嫉妬するように、俺もあいつの名前が出たらムカッ腹を立ててる。……それは覚えといて」
尊さんは言ったあと、噛み付くように私にキスをしてきた。
「んむっ、……んー……、……んふふふ……」
「こら、喜ぶな」
キスをされながら笑うと、唇を離した尊さんは呆れたように笑う。
彼は私の上からどいてから、一つ息を吐いて続きを話す。
「……まぁ、そんな感じで距離が近づいて、気がついたら付き合うようになってた。きっかけは夏目さんで、『付き合わない?』と言われた。でも当時は彼女を同僚としか思えていなくて、承諾したものの『うまくいかないだろうな』と思ってた。……彼女とのデートは、テーマパークに行くとか、水族館とかショッピングじゃなく、公園や海近くをひたすら歩きながら話すような感じだった。……多分だけど、上京したてで、どこに行けばいいのか分からなかったんだと思う。それでいてキラキラしたものを求める人じゃないから、俺に何もねだらなかったし、食事も奢られるのを嫌った」
「しっかりしてたんですね」
私は最初から〝部長〟にご馳走されていたし、なんだか引け目を感じる。
「……かもしれないけど、多分何も分からなかったんだと思う。きっと付き合った経験もなくて、学生時代はボーイッシュだった子が、そのまま大きくなった感じだったんじゃないかな。……ちょっと中村さんと似た印象がある」
「ああ……、ならちょっと分かるかも」
恵は付き合った回数はあるものの、男性に慣れていなくて、甘えるのが苦手だ。
相手にご馳走してもらったり、物を買ってもらう事も『借りを作るみたいで嫌だ』と言っていた。
私もその辺りは似ていて、昭人と付き合っても割り勘を貫いていた。
十回に一回ぐらい、カフェでの飲み物代ぐらいは彼の面子を守らせてあげようと思って奢られていたけれど、基本的に『自分の食事だし』と思って奢られる事を拒否していた。
誕生日プレゼントとかはもらっていたけど、身の丈に合わない物を贈られた時は『次はもっとお手軽な物でいいよ』と一言添えていた。
多分それで余計に、昭人は私の心を手に入れられていないと思って、色々躍起になっていたんだと思うけど。
自分としても可愛げがないと思って反省していたけれど、高校生、大学生、社会人になりたての頃は、それに応じた値段の贈り物があると思う。
『バイトしてるから』と言ったけど、学生時代に何万円もするアクセサリーをもらった時は、嬉しいより申し訳ない気持ちで一杯になった。
尊さんの場合、最初から『自分よりずっと大人で稼いでる部長』という印象があったから、ご馳走されても割と平気だったんだと思う。
私と昭人も、昔の尊さんと凜さんも、同い年だったから金銭が絡む事に甘えきれなかったんだと感じた。
「……夏目さんは、子供の頃は男子に交じって遊ぶような子供だったと言ってた。だから学生時代から意識して髪を伸ばしていたらしい。〝何か〟があって少しでも女性らしくなりたいと思ったそうだけど」
「髪の長い女性、好き?」
少し意地悪な質問をすると、尊さんは私の髪を手で梳いて微笑んだ。
「綺麗な髪の婚約者がいるけど。……綺麗な毛並みの猫かな?」
「……にゃあ」
私は猫ネタにのって、彼に頬ずりする。
「……今はもう、遠い思い出だな。確かに当時は失ったあとに『好きだった』と気づかされたけど、十年も経つ間にその後悔も未練も薄まっていった。申し訳なさだけは残って、胸の奥に小骨のように引っ掛かっていたけど、それも今回で昇華できた。……十年抱え続けてきた後悔だから、すぐ気持ちを切り替えるのは無理だと思う。……でも幸せそうな彼女を見て安心した。あとは俺自身が、過去の傷付いた自分を慰めて『もういいよ』ってケアしていくだけなんだと思う」
「うん……」
私は尊さんの大きな手を握り、指を絡めて彼の胸板に顔を押しつける。