部長と私の秘め事

年末年始

「尊さんって、思ってたよりずっと凄い人だったんですね。……性格悪いし、割と後先考えない爆弾人間かと思ってたけど……。そうですよね。自分ファーストに生きていかないと、人生あっという間ですよね」

「うん、まぁ、今サラッとディスられたけど。……ま、視点を変えたらもっと生きるの楽しくなると思うぞ。俺もお前も、人生が如何に理不尽かは痛感している。でも、過去ばかり振り返っていたら、目の前にある楽しい事に気付けない。それは勿体なさすぎる。お前だって俺に『もっと笑わせる』って言ってくれただろ? 二人で幸せを掴みにいこうって思っておこうぜ」

「はい」

 自分の事は自信がなくても、彼を幸せにしたい想いはブレていない。

 私の返事を聞いたあと、尊さんが自嘲気味に笑った。

「俺だって周りが見えなくなる事はある。でもその時はお前が俺を引き戻してくれると信じてる。……だろ?」

「はい!」

「信じてる」と言われるのが、こんなにも嬉しいと思わなかった。

 いつも私が一方的に尊さんに甘やかされ、引っ張ってもらっている気がしたけれど、彼も私を頼ってくれていると分かったからだ。

「継母と決着つける時、俺は多少なりとも感情的になり、取り乱すと思う。……そん時は援護頼んだぞ」

「背中は任せてください」

 頼られたのが嬉しくて胸を張って言ったけれど、彼が茶化してきた。

「頼むから背中を撃つなよ。お前は凡ミスしそうだ」

「だ~か~ら~……。ちょいちょい〝部長〟出してくるのやめてください」

 うなるように言うと、尊さんは肩を揺らして笑った。



**



 彼のマンションは港区三田にある。

 三田は麻布や白金高輪、芝に囲まれた土地で、慶應義塾大学や駐日イタリア大使館、在日オーストラリア大使館などもある所だ。

 尊さんが住んでいるのは低層マンションの最上階で、ワンフロアに二戸しかないゴージャスな造りだ。

 私たちはコンシェルジュさんに挨拶をしてエレベーターに乗る。

 部屋に入ると、別世界が待っていた。

「すごぉ……」

 まぁ、玄関からして広い。右手にはシューズクローゼットがあり、チラッと見せてもらうとピカピカの靴やスニーカーが並んでいた。

 左手にはパントリーがあり、そのままキッチンに繋がっているらしい。

 まっすぐ進むと途中の右手にお手洗い、正面には間接照明に照らされた風景画が掛かっていた。

 それを左手に曲がると、四十五畳近くのリビングダイニング、キッチンがある。

 バルコニーも広々としていて、雨に濡れても大丈夫な屋外用のソファセットが置かれてあった。

 広々としたリビングには黒いレザーのソファと木目調のテーブルがあり、壁に設置されたテレビはバカでかく、その下にある木製の収納に、ブルーレイデッキや色んな物が収納されてるみたいだ。

 周囲には何種類ものスピーカーが設置されてあり、音響に拘っているのが分かる。

 リビングがバカ広いもんだから、座面の広い三人掛けのカウチソファと四人掛けのカウチソファがL字に配置され、ソファだけで寝泊まりできそうなぐらいだ。

 空間が広いから大きな観葉植物が幾つも置かれ、グリーンの効果で安らぎを得られるようになっている。

 壁際にはバーカウンターまであり、高級そうなボトルが沢山並び、ワインセラーもあった。セレブめ。

 先ほどのパントリーがある横には立派なアイランドキッチンがあり、壁際は冷蔵庫やオーブン、色んな物が綺麗に収納されて、一見ただの木目調の壁に見えるようになっている。

 その手前には八人掛けのダイニングテーブルがあり、上からはモダンなデザインのライトが下がっていた。

 そのキッチンでは、先ほど尊さんが言っていた家政婦さんが忙しく料理している。

「こんばんは」

 彼女に挨拶された私は、慌ててコートを脱ぐ。

「こんばんは。お手伝いしますか?」

「あっ、いいんですよ。もうおいとまする時間ですし、あとは片づけだけなんです」

 四十代半ばの感じのいい女性は、そう言ってにこやかに笑った。

「彼女は町田(まちだ)優子(ゆうこ)さん。料理専門の家政婦さんだ」

「上村朱里です。宜しくお願いいたします!」

 ビシッとお辞儀をすると、彼女は「宜しくお願いいたします」と柔らかく笑った。

「朱里、部屋に案内する」

「はい」

 手招きされてついていくと、尊さんは一度リビングダイニングから出ると先ほどの絵画の前を過ぎたあたりで左手を差した。

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