部長と私の秘め事

宮島観光

「本気弾きはしない。本気になろうとすればするほど、自分の実力のなさを痛感する。……だから、楽しむだけでいいんだ」

「尊さんが楽しく弾けるなら、それでいいんですけどね。……でもアカリンピアノ協奏曲、いつか弾いてくれる?」

「それ、単なる『猫踏んじゃった』だろ」

「もー! 首席ピアニスト、ミコチッチ・シノミヤコフ」

「ロシア系か……」

 尊さんは笑いながら洗面所に向かい、うがいをして顔を洗い始める。

 私はカーテンを開けて朝を迎えた広島市を見下ろし、ラジオ体操のように体をひねって屈伸運動する。

 少し体をほぐしたあと、私も洗面所に行って歯磨きと洗顔をし、基礎化粧品で肌を整えたあと、余計な油分をとってメイクをし始めた。

 帰りはまた飛行機に乗るので、柔らかいイエローの、ノースリーブマキシ丈ワンピースを着て、その上に日焼け防止の白いサマーカーディガンを羽織った。

 つばの広い帽子やサングラスも持ってきているし、日焼け対策はばっちりだ。





 厳島神社は朝六時半から開いているらしく、ホテルの朝食ビュッフェも同じ時間からだ。

 ビュッフェはさすが外資系ホテルなだけあり、メニューが豊富だ。

 先に窓に向かったソファ席に案内されたあと、私は喜び勇んでトレーを手にした。

(者ども、いくぞ!)

 私は心の中でホラ貝を鳴らし、ワクワクしながら列に並ぶ。

 料理はお馴染みの感じで、サラダは菜っ葉の他にもキュウリや紫キャベツ、千切りにした人参など、色とりどりに揃っている。

 お隣にはコールドミール――ハム類があるけれど、それも数種類あり、サラダチキンみたいなのやサラミ、スモークサーモンもある。

「外資系だなぁ……」と思ったのは、トルティーヤのチップスまであった事だ。

 他にも、どでかいローストビーフみたいな、ソースがかかったハムがあり、それは一人前がお皿に盛られて置かれてある。

 ソーセージにベーコン、フライドポテト、カレーにショートパスタ、玉子料理はゆで卵、スクランブルエッグ、目玉焼き、オムレツなど全部ある。

 オムレツは目の前で作ってくれるけれど、なんと、牡蠣を入れてもらう事が可能だ。さすが広島!

 自家製のお豆腐は大きな枡みたいな入れ物に入っていて、スプーンですくう形だ。

 あとは白米やお粥、炊き込みご飯、お味噌汁、お蕎麦など。

 そして煮物や、凜さんからもらった練り物の〝がんす〟もあり、焼き鯖は冷えているのを温めるために、隣に七輪が置かれてあった。

 納豆、漬物の他に、勿論パンも沢山種類があり、フルーツやヨーグルト、シリアルもある。

 飲み物は何種類ものジュースの他に牛乳、青汁まであった。

(わああああ……)

 私はあちこち目移りしながら、食べたいと思った料理をお皿にのせていく。

 宿によっては九つぐらいに分かれている仕切り皿がある所もあるけど、ここはお上品に白くて丸いプレートだ。

 プレートも重さがあるので、欲張っていると腕がプルプルしてくる。

 チラッと尊さんを見ると、まるでカフェのお洒落プレートみたいに、彩りよく色んな物を少しずつのせている。

(私……! 私……!)

 自分のプレートを見ると、お肉! 卵! パスタ! カレー! という感じで、欲望が滲み出ていて恥ずかしい。

「……や、野菜はあとでちゃんと食べますから」

 ボソッと言うと、尊さんはクシャッと笑う。

「何も言ってねぇだろーが。好きなもんを食えばいいんだから、見栄張るなよ。給食じゃないんだから、誰も注意しないって」

「そ、それはそうですけど……。尊さんより女子力がない……」

「ミトコの事は気にしないで」

「ひひひひひ」

 いきなりミトコがでてきて、私は肩を揺らして笑う。

 とりあえず第一回が終わって席に着き、私は景色を眺めながらパクパクと食べて胃に収めていく。

「よし! 二回目行ってきます!」

「早ぇな。道中お気を付けて」

 尊さんはよく分からないお見送りをしてくれ、私はズンズンとスタート地点に戻る。

 三周ぐらいして思い残しがないぐらい食べたあと、私はニコニコ笑顔になって朝食会場を出た。

「……そんでその腹かよ」

 尊さんはちょっとだけ膨らんだ私のお腹を見て、怖ろしいものを見る目をしている。
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