部長と私の秘め事
「何だって!?」
叫ぶように言った亘さんが、妻を見る。
「殺してなんかないわ! あの事故はブレーキとアクセルを踏み間違えた老人が、勝手に母子をひき殺したんじゃない!」
怜香さんは弾かれたように立ち上がり、ヒステリックに叫ぶ。
瞬間、尊さんが「はっ」と嘲笑した。
「『勝手に』? 普通なら新聞記事になった出来事に対して、そんな言葉は使わないと思うが」
尊さんは据わった目で怜香さんを見て、低い声で言う。
……いや、ちょっと待って? 母子? 子って何?
尊さんは目の前にいて、ピンピンしている。
……という事は、彼の兄弟がいた? そしてお母さんが亡くなった時に一緒に死んだ?
私は知らされていない彼の秘密に触れ、全身に鳥肌を立たせて変な汗を掻く。
周囲の人たちも彼の告発を聞いてどよめいていた。
そんな中、私は尊さんの違和感に気づく。
彼は顔色を悪くし、握り締めた拳を震わせていた。額には汗が浮かんでいるように見える。
(大丈夫なの?)
あんな尊さんを見た事はなく、私はつい腰を浮かしかけた。
けれど、彼は一瞬私を見て、視線だけで制してくる。
『これで終わらせるから、黙って見ていてくれ』という声が聞こえてくるようだった。
尊さんの告発は続く。
「あんたは実行犯に声を掛け、借金を肩代わりをし、残される家族を守ると約束した。それと引き換えに、加齢による過失と見せかけて俺の家族を殺させた」
「ど……、どこにその証拠が……っ」
まだ強気な態度を崩さない怜香さんを一瞥したあと、尊さんはまたタブレットを弄った。
その途端、女性のけたたましい笑い声が聞こえた。
大きな音だったので、皆ビクッとする。が、よく聞けばその声は怜香さんのものだった。
『殺したに決まってるじゃない! あんな雌豚、死んで当然よ! 貧乏人のくせに私の夫を寝取って、図々しくも子供まで産んだんだもの。それぐらいの罰が当たっても仕方がないでしょう?』
広い部屋に響き渡った声を聞いて全員が瞠目し、あまりに邪悪な言動に身を震わせた。
「ちょ……っ、ちょっと!」
さすがに怜香さんが立ちあがり、隣に座っている亘さんの前を通って尊さんのもとへ行こうとする。
「待ちなさい。最後まで聞くんだ」
――が、亘さんに腕を掴まれ、阻まれてしまう。
『先が短い貧乏人なら、ちょっとお金を積めば何でもするわよ。尊があの場にいなかったのは誤算だったけど、あの女と娘が死んでスカッとしたわ! 尊もさっさと死ねばいいのに。あの子が家にいた時、毎日のように〝死んだら?〟〝あんたは要らない子なのよ〟って言い続けていたわ。放っておいたら自殺してくれると思ったけど、図太いのよねぇ……。さすがあの女の子供だわ』
「…………っ!」
あまりに悪意に満ちた言葉に、私は涙を零し歯を食いしばった。
――何の権利があって人の命を、人生を簡単に奪おうとするの!?
――そりゃ憎い気持ちは分かる。けど、やっていい事と悪い事がある!
――『死んだら?』『要らない子』? どうしてそんな酷い言葉を子供に言えるの?
風磨さんもエミリさんも、皆顔を青ざめさせていた。
怜香さんはワナワナと震え、凄まじい形相で伊形社長を睨んだ。
「これ……っ、あなたが録音したの!? 裏切り者!!」
……という事は、浮気現場で、伊形社長がボイスレコーダーやスマホなりで録音していた?
でもその音声データがどうして尊さんのもとにあるの?
どうして伊形社長が尊さんに協力するの?
全員が同じ疑問を抱いていた時、尊さんが淡々と説明する。
「伊形社長とは裏で取引をした。彼の甥である宇野彬常務は、他社の社長令嬢と結婚して二年目だ。だが彼はイケイ食品総務部の女性、相良加代さんと不倫していた。それを知った俺は、彼と伊形社長を強請らせてもらった」
「あっ」
まさかそこで、昭人の婚約者が出てくると思わず、私は小さく声を上げた。
――そうだ、六本木で二人に会った時、尊さんは加代さんが勤めている会社を〝イケイ食品〟と特定していた。
――彼女が不倫していた相手まで、よく知ってるなと思ったけど……。
――あれは、私を思って調べた訳ではなかった。
――自分の復讐のために得た情報で、六本木での事は〝ついで〟だったんだ。
「…………っ」
すべてが繋がってショックとも興奮ともつかない衝動を得た私は、自分を落ち着かせるために大きく息を吸った。
叫ぶように言った亘さんが、妻を見る。
「殺してなんかないわ! あの事故はブレーキとアクセルを踏み間違えた老人が、勝手に母子をひき殺したんじゃない!」
怜香さんは弾かれたように立ち上がり、ヒステリックに叫ぶ。
瞬間、尊さんが「はっ」と嘲笑した。
「『勝手に』? 普通なら新聞記事になった出来事に対して、そんな言葉は使わないと思うが」
尊さんは据わった目で怜香さんを見て、低い声で言う。
……いや、ちょっと待って? 母子? 子って何?
尊さんは目の前にいて、ピンピンしている。
……という事は、彼の兄弟がいた? そしてお母さんが亡くなった時に一緒に死んだ?
私は知らされていない彼の秘密に触れ、全身に鳥肌を立たせて変な汗を掻く。
周囲の人たちも彼の告発を聞いてどよめいていた。
そんな中、私は尊さんの違和感に気づく。
彼は顔色を悪くし、握り締めた拳を震わせていた。額には汗が浮かんでいるように見える。
(大丈夫なの?)
あんな尊さんを見た事はなく、私はつい腰を浮かしかけた。
けれど、彼は一瞬私を見て、視線だけで制してくる。
『これで終わらせるから、黙って見ていてくれ』という声が聞こえてくるようだった。
尊さんの告発は続く。
「あんたは実行犯に声を掛け、借金を肩代わりをし、残される家族を守ると約束した。それと引き換えに、加齢による過失と見せかけて俺の家族を殺させた」
「ど……、どこにその証拠が……っ」
まだ強気な態度を崩さない怜香さんを一瞥したあと、尊さんはまたタブレットを弄った。
その途端、女性のけたたましい笑い声が聞こえた。
大きな音だったので、皆ビクッとする。が、よく聞けばその声は怜香さんのものだった。
『殺したに決まってるじゃない! あんな雌豚、死んで当然よ! 貧乏人のくせに私の夫を寝取って、図々しくも子供まで産んだんだもの。それぐらいの罰が当たっても仕方がないでしょう?』
広い部屋に響き渡った声を聞いて全員が瞠目し、あまりに邪悪な言動に身を震わせた。
「ちょ……っ、ちょっと!」
さすがに怜香さんが立ちあがり、隣に座っている亘さんの前を通って尊さんのもとへ行こうとする。
「待ちなさい。最後まで聞くんだ」
――が、亘さんに腕を掴まれ、阻まれてしまう。
『先が短い貧乏人なら、ちょっとお金を積めば何でもするわよ。尊があの場にいなかったのは誤算だったけど、あの女と娘が死んでスカッとしたわ! 尊もさっさと死ねばいいのに。あの子が家にいた時、毎日のように〝死んだら?〟〝あんたは要らない子なのよ〟って言い続けていたわ。放っておいたら自殺してくれると思ったけど、図太いのよねぇ……。さすがあの女の子供だわ』
「…………っ!」
あまりに悪意に満ちた言葉に、私は涙を零し歯を食いしばった。
――何の権利があって人の命を、人生を簡単に奪おうとするの!?
――そりゃ憎い気持ちは分かる。けど、やっていい事と悪い事がある!
――『死んだら?』『要らない子』? どうしてそんな酷い言葉を子供に言えるの?
風磨さんもエミリさんも、皆顔を青ざめさせていた。
怜香さんはワナワナと震え、凄まじい形相で伊形社長を睨んだ。
「これ……っ、あなたが録音したの!? 裏切り者!!」
……という事は、浮気現場で、伊形社長がボイスレコーダーやスマホなりで録音していた?
でもその音声データがどうして尊さんのもとにあるの?
どうして伊形社長が尊さんに協力するの?
全員が同じ疑問を抱いていた時、尊さんが淡々と説明する。
「伊形社長とは裏で取引をした。彼の甥である宇野彬常務は、他社の社長令嬢と結婚して二年目だ。だが彼はイケイ食品総務部の女性、相良加代さんと不倫していた。それを知った俺は、彼と伊形社長を強請らせてもらった」
「あっ」
まさかそこで、昭人の婚約者が出てくると思わず、私は小さく声を上げた。
――そうだ、六本木で二人に会った時、尊さんは加代さんが勤めている会社を〝イケイ食品〟と特定していた。
――彼女が不倫していた相手まで、よく知ってるなと思ったけど……。
――あれは、私を思って調べた訳ではなかった。
――自分の復讐のために得た情報で、六本木での事は〝ついで〟だったんだ。
「…………っ」
すべてが繋がってショックとも興奮ともつかない衝動を得た私は、自分を落ち着かせるために大きく息を吸った。