部長と私の秘め事
「六条さんいわく、私は可愛いほうなんでしょう? いつ告白されるか分かりませんし」

 そんな気配なんてまったくないけれど、強がってみる。

 本当に自分が可愛くなくて恨めしいけれど、どうにかならないものか、これ……。

「……多分、恋愛ってタイミングなんだろうな。沙根崎みたいに俺を想ってくれている人がいても、すぐにそっちを向けない場合がある」

 そう言ったあと、彼は上村さんの事を考えているのだろう、と分かった。

 少し前に同じ部署の男性たちが、『上村さんって今フリーなんだって』と言っていたのを聞いた事がある。

 その時は『あんな美人でも別れる彼氏がいるんだ』と少し驚いたけれど、六条さんの言う通り、タイミングや条件、色んなものが重なったんだろう。

「……いつか道が交わった時は、宜しく」

 実に六条さんらしい返事をもらい、私は溜め息をついてから、空き缶をゴミ箱に放り投げる。

「その間も、私は前進し続けますからね」

「俺もだよ」

 彼はクスクス笑い、立ちあがると空き缶を捨てて腕時計を見た。

「そろそろ行くか」

「はい。ごちそうさまです」

 失恋(仮)をしてしまったけれど、一応、これからに期待できそうな失恋と言える。

 でも六条さんは三年も上村さんを引きずっている。

 その想いが完全に風化して〝次〟へ行こうと思えるまでは、まだ時間がかかるだろう。

(待つつもりではいるけど、未来の事は分からないしな……)

 自分の事をモテるタイプとは言わないけれど、今まで彼氏がいなかった訳じゃないし、もしかしたら私を好きだと言う奇特な人が現れるかもしれない。

 六条さんへの想いは本気だし、彼と恋人になりたいと願っている。

 でも一途な彼を振り向かせられる自信はないし、想ってばかりで疲弊するうちに、二十代の貴重な時間を費やしてしまうのは勿体ない。

 今の私にとって、最も大切なのは仕事で結果を出す事であり、恋愛ではない。

 でも安定した人生を歩むために、いい相手と出会って結婚したいという野心はある。

 高給稼ぎのイケメンなんて望まないけれど、可能な限り性格が良く、家事や子育てを人任せにしない人と結婚したい。

 私よりずっと恋愛経験豊富な友人は、『婚活は早いうちに始めたほうがいい』と言っている。

 待つか、進むか。

 どちらが正しいか分からないけれど、いずれ自分で決めなければならない。

 理想の男性が目の前にいたとしても、彼が必ず私を想ってくれる保証はない。

 それに六条さんのスペックなら、幾つになっても結婚したいと思う女性がいるだろう。

 けれど私はエリート男性ではないし、独立してガンガン稼いでいけるほど能力がある訳じゃない。

 悔しい事に私みたいな一般女性は、必死に働く傍ら、同じぐらい必死に婚活しないと人生が詰む可能性がある。

 大企業に入ったからって、安心はできないのだ。

(難しいな。恋をするのって)

 学生時代は将来の事なんて考えず、ただ目の前の事に一喜一憂していた。

 今はもう、そんな刹那を生きる心の力はない。

 働いて、疲れとストレスを癒すために飲んで、給料が出たら好きな事をして、周りに嫉妬しながら悪態をついて仕事を頑張る。

 みんな似たようなものだと思うけれど、私は人一倍不器用な気がする。

(でも……、なるようにしかならないか)

 今思っている事を六条さんに打ち明けたら、「もっと肩の力を抜けよ」って笑われるだろう。

(とりあえず、私が選ぶ側に回れるよう、いい女になれるよう努力しよ!)

 上村さんみたいになりたいとは言わないけれど、綺麗な彼女は裏で相応の努力をしているはずだ。

 それをなかった事にして、彼女に嫉妬するのは性格ブスのする事だ。

「がんばろ」

 六条さんは呟いた私をチラッと見て、微笑んだ。



**



「はー! 食べた、食べた!」

 私――、上村朱里は大盛りキノコクリームパスタを食べ終え、満足してお腹をさする。

「そんだけ食べても、夕方になったら『お腹空いた!』って言うんでしょ? 燃費の悪い体だよね」

 恵はスマホを弄りながら言う。

「いつでも食の喜びを味わえる、美味しんボディと呼んでくれたまえ」

 私はさり気なく周囲を見回して返事をした。
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