部長と私の秘め事
 総務部の人たちに色々言われていた直後は、社食に来るのが何となく憂鬱で、町田さんにお弁当を作ってもらって別の場所で食べていた。

 恵もそれに付き合ってくれ、一時は『こういうのもいいね』と言っていたけれど、やっぱりカフェ気分でみんなのいる所で食べると気分がいい。

 あの時は、副社長秘書になったばかりで他の人からも注目を浴びていたけれど、今はみんな慣れたようで〝普通〟に戻っている。

「ねぇ、思ったんだけど、朱里って前に『六条さんにからかわれた』ってふて腐れてたよね? あれって何だったの?」

「あー、そんな事もあったね。いや、あの人いつもの感じで『付き合わない?』ってしつこかったから、さすがにムッとしたんだけど……」

「SO・RE・DA」

 恵は目を見開き、スマホを置くと両手の人差し指で私を示して言う。

「SO・RE・KA……」

 私は今になって「うわああああ……!」となり、頭を抱える。

「あれって本気だったの!?」

「……私、いま本当に六条さんに同情してるわ……」

 恵は大きな溜め息をつき、椅子にもたれ掛かって腕組みをする。

「うわああああ……。どうしよう……」

「どうしようって言われても、もう何年も前の話でしょ? 六条さんはフラれたって思ってるだろうし、今の朱里が付き合う訳にいかないし、どうする事もできないじゃん」

「そうだけど……。うわあああああ……。我ながら酷すぎる」

「というか、あんたその頃は田村と付き合ってたんでしょ? どっちにしろ付き合えないのは決まってたんだから、しょうがないって」

「うん……。そうなんだけど……」

 私はガクリと肩を落とし、溜め息をつく。

「……私、酷いね。あんまりすぎるね」

「今さらでしょ。もともと朱里は色恋に鋭いほうじゃなかったし、気持ちがなかったら誰でもズバズバ斬ってた」

「そんな、浪人みたいに……」

「朱里侍、斬りまくり」

「あああ……」

 私は低くうめくと、お水をグーッと飲み干してコップをテーブルに置く。

「もう一杯」

「お客さん、その辺でやめておいたら?」

 恵は一応ノッてくれるけど、事態が解決した訳じゃない。

「っていうか、どうにもできないじゃん。数年前の告白の返事を今さらする? しかも断るって決まってるのに? しつこく迫ってる訳じゃないし、これ以上傷つける必要はないじゃん」

「そうなんだけどね」

 私は腕組みをし、深い溜め息をつく。

「朱里がちょっと罪悪感を抱くだけで済むんだから、これ以上何もする必要はないって」

「恵が冷たい……」

「やけ食いするなら店に一緒に行くぐらい、付き合うから」

「ありがとう、友よ」

 私は胸の前で手を組み、眉を寄せてキュルンと目を潤ませる。

 そのあと、テーブルに頬杖をついて言った。

「でもまじめな話、説明はしなくていいのかな。告白されたと思ってなくて、からかわれたと思ってるのと、真剣に告白したのとじゃ、それぞれの真実が違うじゃない。凄く不真面目な理由で断ったように思えて、申し訳ないな……」

「それこそ、さっきと同じ答えをするよ。婚約者がいるのに、彼と付き合う訳にいかないでしょ? 『寝た子を起こすな』って言葉もあるし、このままでいいんだよ。朱里が『申し訳ない』って思うのは、悪いけど『ちゃんと説明して自分がスッキリしたい』っていう独りよがりな考えだと思う。昔の事を掘り返される六条さんは、いい迷惑だよ」

「……それもそうだね」

 恵は割と何でもハッキリ言うけど、核心を突いている。

 私はしばし考えたあと、「……うん」と頷いた。

「今度大盛りラーメン行く」

「分かった。私は隣で普通盛り食べるから、好きなだけ食べな」

「そのあとパンケーキいい?」

「う……。……努力する」

 想像しただけで胸焼けしているらしい恵を見て、私はクスクス笑う。

「ありがとね! 恵のお陰で道を踏み外さずに済んだ」

「別に違法行為じゃないし」

 彼女はケラケラと笑い、時計を見て立ちあがった。

「よし、戻るか」

「うん」

 そのあと、私は副社長秘書室に戻り、尊さんにお茶を淹れたのだった。



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