部長と私の秘め事
第二秘書の歓迎会
八月に入り、笹島さんが本格的に第二秘書として通勤し始めた。
フルネームは笹島基樹、四十七歳。
尊さんとささやかながら三人で歓迎会を開いた時、色々と他の情報も分かった。
どうやら奥さんは学生時代の後輩で、ピアノを習っている十九歳の娘さんと、笹島さんに倣って合気道をしている十六歳の息子さんがいるそうだ。
物静かで淡々としているけれど、愛情深くて奥さんと子供を深く愛している、理想的な父親だ。
ちょっと神経質そうなところもあるけれど、面接でチラッと為人が分かったように、無駄な事はしないし、横暴な態度をとる事もなさそうだ。
私が女性だからといって、侮ってくる事もないと信じている。
尊さんも彼の性格を把握したからか、随分打ち解けた様子で話をし、お酒を飲んでいた。
ちなみに笹島さんは、ずっとウーロン茶を飲んでいた。
「お酒苦手なんですか?」
そう言った私は、ほぼ初対面と言っていい相手の前で醜態を晒さないように、ゆっくりとアルコール少なめのカクテルを飲んでいる。
「苦手と言いますか、あまり飲んだ経験がないので、強いのか弱いのか分かりません。酔うと思いも寄らない一面が出るじゃないですか。吐いて具合を悪くする程度ならいいですが、他人に絡んだり、記憶をなくしたり……」
(う……っ)
かつてそうやって飲んで、尊さんに絡んでいた私は、胸に手を当てて反省した。
「私はなるべく冷静でありたいと願っているので、リスクは冒さないように心がけています。平和で穏やかな生活を求めているので、たとえ酒の席であっても、自らトラブルの種を作る事はしたくないのです」
「凄いですね。私、そこまで考えていませんでした。『ストレス溜まった! 自棄酒だ!』とか、友達と一緒に飲んで楽しくなっちゃうとか……」
「大きな失敗をしていないなら、いいんじゃないですか? 私は臆病者で、石橋を叩きまくるタイプなんです」
私も尊さんも〝大きな失敗〟に心当たりがあるので、とりあえずニコニコしている。
「それはそうと、お二人が付き合われているというのは、本当ですか?」
いきなりズバッと核心を突かれ、私はゴフッとカクテルに噎せる。
尊さんも驚いたように瞠目したけれど、すぐに答えた。
「隠しても無駄なので伝えておきますが、婚約者です。……ですが仕事中に私的な呼び方をしたり、婚約者として接する事はありませんので、ご安心を」
「社員は周知していますか?」
そう尋ねられ、私と尊さんは顔を見合わせる。
「公に発表した訳ではありませんし、結婚して彼女の姓が変わっても、人事や関わる人たちが知っていればいい話で、社員全員に通達する必要はありません。同様に、付き合っている事は業務に関係ありませんし、プライベートの関係を持ち込む事もないので、公言する必要はないと判断しています」
尊さんが答え、笹島さんは頷いた。
「その対応で宜しいと思います。ちなみに副社長も上村さんも異性にモテそうですが、今まで騒ぎが起こった事は?」
また痛いところを突かれ、私は遠い目をする。
「大きなヤマは越えたと思っています。ですが、今後も何かあった時は、ご迷惑をおかけします」
尊さんは頭を下げ、私もそれに倣う。
「いえ、問題ありません。お二人が普通に過ごされているのに、突っかかって来る人がいるなら、そちらに問題があるのでしょう。そういう場合は……」
そこまで言い、笹島さんは海老の頭をパキッともぐ。
(ヒッ……)
あまりに絶妙なタイミングだったので、私は内心息を呑んだ。
彼は淡々と海老の殻を外しながら続けた。
「このようなケースは過去に何件か経験し、処理していますので、それを生かして対処したいと思います。副社長が働きやすい環境にするのも、秘書の仕事と思いますので」
――頼もしい!
ザ・仕事人という感じの笹島さんの答えを聞き、私は思わず小さく拍手していた。
「上村さんは、副社長の事を誰より理解しているので秘書になったのでしょう。しかしながら、このような言い方は大変失礼かと思いますが、女性秘書という事で周囲から侮られた事もあるかと思います。今までないとしても、今後起こりうるかもしれません」
確かに、商談相手から含んだ視線をもらったり、社内の役員に情報共有したいのに、軽く扱われた事があった。
笹島さんの言う通り、悲しいけれど、今後もそういう事はあるだろう。
「そのような場合、男で、ある程度歳をとっている私が対処すべきです。今後、何か困った事が起こった場合、遠慮せず私にヘルプを求めてください。副社長が直接出張らないほうがいい場合もありますし」
「……ありがとうございます」
改めて私は、「第二秘書になったのが笹島さんで良かった」と感じていた。
それは尊さんも同じらしく、安心した表情で微笑んだ。
フルネームは笹島基樹、四十七歳。
尊さんとささやかながら三人で歓迎会を開いた時、色々と他の情報も分かった。
どうやら奥さんは学生時代の後輩で、ピアノを習っている十九歳の娘さんと、笹島さんに倣って合気道をしている十六歳の息子さんがいるそうだ。
物静かで淡々としているけれど、愛情深くて奥さんと子供を深く愛している、理想的な父親だ。
ちょっと神経質そうなところもあるけれど、面接でチラッと為人が分かったように、無駄な事はしないし、横暴な態度をとる事もなさそうだ。
私が女性だからといって、侮ってくる事もないと信じている。
尊さんも彼の性格を把握したからか、随分打ち解けた様子で話をし、お酒を飲んでいた。
ちなみに笹島さんは、ずっとウーロン茶を飲んでいた。
「お酒苦手なんですか?」
そう言った私は、ほぼ初対面と言っていい相手の前で醜態を晒さないように、ゆっくりとアルコール少なめのカクテルを飲んでいる。
「苦手と言いますか、あまり飲んだ経験がないので、強いのか弱いのか分かりません。酔うと思いも寄らない一面が出るじゃないですか。吐いて具合を悪くする程度ならいいですが、他人に絡んだり、記憶をなくしたり……」
(う……っ)
かつてそうやって飲んで、尊さんに絡んでいた私は、胸に手を当てて反省した。
「私はなるべく冷静でありたいと願っているので、リスクは冒さないように心がけています。平和で穏やかな生活を求めているので、たとえ酒の席であっても、自らトラブルの種を作る事はしたくないのです」
「凄いですね。私、そこまで考えていませんでした。『ストレス溜まった! 自棄酒だ!』とか、友達と一緒に飲んで楽しくなっちゃうとか……」
「大きな失敗をしていないなら、いいんじゃないですか? 私は臆病者で、石橋を叩きまくるタイプなんです」
私も尊さんも〝大きな失敗〟に心当たりがあるので、とりあえずニコニコしている。
「それはそうと、お二人が付き合われているというのは、本当ですか?」
いきなりズバッと核心を突かれ、私はゴフッとカクテルに噎せる。
尊さんも驚いたように瞠目したけれど、すぐに答えた。
「隠しても無駄なので伝えておきますが、婚約者です。……ですが仕事中に私的な呼び方をしたり、婚約者として接する事はありませんので、ご安心を」
「社員は周知していますか?」
そう尋ねられ、私と尊さんは顔を見合わせる。
「公に発表した訳ではありませんし、結婚して彼女の姓が変わっても、人事や関わる人たちが知っていればいい話で、社員全員に通達する必要はありません。同様に、付き合っている事は業務に関係ありませんし、プライベートの関係を持ち込む事もないので、公言する必要はないと判断しています」
尊さんが答え、笹島さんは頷いた。
「その対応で宜しいと思います。ちなみに副社長も上村さんも異性にモテそうですが、今まで騒ぎが起こった事は?」
また痛いところを突かれ、私は遠い目をする。
「大きなヤマは越えたと思っています。ですが、今後も何かあった時は、ご迷惑をおかけします」
尊さんは頭を下げ、私もそれに倣う。
「いえ、問題ありません。お二人が普通に過ごされているのに、突っかかって来る人がいるなら、そちらに問題があるのでしょう。そういう場合は……」
そこまで言い、笹島さんは海老の頭をパキッともぐ。
(ヒッ……)
あまりに絶妙なタイミングだったので、私は内心息を呑んだ。
彼は淡々と海老の殻を外しながら続けた。
「このようなケースは過去に何件か経験し、処理していますので、それを生かして対処したいと思います。副社長が働きやすい環境にするのも、秘書の仕事と思いますので」
――頼もしい!
ザ・仕事人という感じの笹島さんの答えを聞き、私は思わず小さく拍手していた。
「上村さんは、副社長の事を誰より理解しているので秘書になったのでしょう。しかしながら、このような言い方は大変失礼かと思いますが、女性秘書という事で周囲から侮られた事もあるかと思います。今までないとしても、今後起こりうるかもしれません」
確かに、商談相手から含んだ視線をもらったり、社内の役員に情報共有したいのに、軽く扱われた事があった。
笹島さんの言う通り、悲しいけれど、今後もそういう事はあるだろう。
「そのような場合、男で、ある程度歳をとっている私が対処すべきです。今後、何か困った事が起こった場合、遠慮せず私にヘルプを求めてください。副社長が直接出張らないほうがいい場合もありますし」
「……ありがとうございます」
改めて私は、「第二秘書になったのが笹島さんで良かった」と感じていた。
それは尊さんも同じらしく、安心した表情で微笑んだ。