部長と私の秘め事
 転ばないように水路の階段を下っていくと、光のお風呂に着いた。

 広々とした空間はスモークガラスで囲まれているけれど、そのガラスも特徴的で、支柱が大きな格子状になっている。

 割とぬるめのお湯なのでゆっくりと浸かり、あまり人がいないのでボーッと温泉を堪能する。

 闇のお風呂は同じ温泉の壁に四角い穴があり、その向こうに真っ暗な場所が……という感じだ。

 人が少ないので、一人で暗い所に行くの恐いな……と思っていたけれど、体験してみたい好奇心が上回り、お湯を掻いてそちらに向かう。

(わぁ……、本当に真っ暗だ)

 闇のお風呂に入った瞬間、いっさいの光がなくなり、前方に何があるのかも分からなくなる。

 慎重に手探りをして進むと突き当たりがあり、段差があったのでそこに腰かけた。

 落ち着かない気持ちで溜め息をつくと、小さな音量でヒーリングミュージックが流れているのに気づいた。

(瞑想部屋だ。瞑想神経を研ぎ澄ませないと)

 迷走神経は、注射を打った時に確認されるやつで、痛みやショックを受けると心拍数や血圧が低下して気絶するやつだけれど、あえて誤字で使ってみる。

 私は寝付きが悪い時に時々する、ゆっくりと八数えて息を吸い、八カウントで吐いていくというのをやってみた。

 話し相手がいないと、つい一人で色々考えてしまうけれど、せっかくこんな場所があるなら、瞑想してみなければ。

 目を閉じてゆっくり吸って吐いて……、と繰り返しているけれど、頭の中ではムクムクと今晩のご飯やエロティカルミコへの期待が高まってしまう。

「はぁ……」

(煩悩まみれだ)

 溜め息をついて諦めた私は、なるべくリラックスして闇のお風呂を楽しみ、逆上せてしまわないうちにお風呂を出た。

 凄い事に、闇のお風呂から光のお風呂に出ると、「生まれたー!」という感じがして「オギャー!」と言いたくなる。

 それぐらい、真っ暗闇に包まれてからの、燦々とした光の威力は凄かった。

 お風呂の入り口付近には、給水スポットがあり、紙コップで天然水が自由に飲めるようになっている。

 更衣室の他にも、ビーチチェアみたいにゆっくり座って寛げる場所もあり、長期滞在するなら何回も通って、のんびり過ごすのもアリだなぁ……と感じた。

 着替えて建物の外に出ると、池を望むテラスに尊さんが座り、ぼんやりしていた。

「だーれだ?」

 私は一度やってみたかった定番のイチャつきをやり、後ろから彼の頭にムギュッと胸を押し当てる。

「……後頭部にエアバッグが当たってる……」

「アカリンパイで命守ってやんよ」

 私はケタケタ笑い、「はぁ……」と溜め息をついて尊さんの隣に座る。

「生まれてきました」

「ああ、分かる。〝生まれた〟よな」

 尊さんは私の言いたい事を察し、小さく笑う。

 彼の話を聞くと、どうやら男性のお風呂も基本的に同じ作りらしく、女風呂と違うところは、光のお風呂と闇のお風呂が同じフロアにある所だ。

「ライブラリーラウンジ行って、飲み物でももらうか」

「はい! コバラヘッタ!」

 元気よく返事をした私は、尊さんと手を繋いでブラブラと歩いて行く。

 ライブラリーラウンジはチェックインしたレストランの上階(?)にあり、吹き抜けの上の部分だ。

 そこは二十四時間開放されていて、飲み物やおつまみが自由にもらえ、屋内でもテラス席でもいただける。

 軽井沢の里にいる気持ちで散歩をし、レストランがある建物まで行くと、階段を上がる。

 広々とした吹き抜けを見下ろすのは、非常に気分がいい。

 ライブラリーというだけあって、壁際には色んな本が置いてあり、ソファ席の他、ソファベッドもある。

 飲み物は多岐にわたり、スパークリングワイン、ワイン、ウイスキー、甘めの果実酒もあり、梅ジュース、ブルーベリージュース、勿論コーヒー、ハーブティー、緑茶などもある。

 おつまみはかりんとう、飴や最中などもあり、他にもガラスのポットに色々入っている。

「明日、帰りにハルニレヴィレッジに寄ってみるか」

「はい! なんかテレビや雑誌で紹介されてる所」

 軽井沢ってまともに来た事がなかったので、お金持ちが行く何かお洒落な所という意識しかなかった。

 そこに行けるというだけでも、御の字である。
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