部長と私の秘め事
「…………はっ、…………はい」

「……二十時になったら風呂入るか」

「へあぁ…………」

「何だよ、その返事」

「何でも……」

 私は曖昧な返事をし、クッションを集めて丁度いい形にすると、バフッと横向きに寝る。

「疲れてるなら、やめとくか?」

 尊さんは私の頭を撫で、そう提案してきた。

「……疲れてないですぅ~」

「何でそんなに反抗的なんだよ」

 彼はクスクス笑い、私の髪を弄ってくる。

「反抗期ですぅ~」

「……子供に『お父さんの靴下臭い』って言われたらショックだなぁ……」

 いきなり尊さんが斜め上の事を言い出すので、私は噴き出す。

「尊さん、別に足臭くないじゃないですか」

 あえて彼の足の匂いを嗅いだ事はないけど、覚えている限り尊さんが臭かった事なんてない。

「そう思われないように、ケアしてるだけだよ」

「私だったら、『お母さん食べ過ぎ』って言われるのかなぁ……」

 あり得そうな事を言ったら、今度は尊さんが噴き出してクツクツと笑い出した。

「子供まで、わんぱくストマックの遺伝するかもな」

「家計が圧迫されそう……!」

「別にそれぐらいで破産しねぇよ」

 会話しながらも尊さんは私の髪を撫でていたけれど、その指先がツ……、と耳をなぞる。

 ゾクッとしたけれど我慢したら、彼は耳のひだひだを何とはなしに撫でてきた。

「あーかり」

 その、少し甘えるような声音を聞いて、胸の奥が疼く。

(恥ずかしいけど……)

 私は耳に触れている尊さんの手を両手でキュッと握り、チラッと上目遣いに彼を見て言った。

「乞うご期待」

 すると彼は、クシャッと破顔した。





 二十時になると浴槽の温泉が貯まった。

 湯船にはプカプカと、ポプリみたいな物が浮いている。

 ここの温泉の泉質は炭酸水素塩泉らしく、傷や乾燥、冷え性、リウマチや打撲捻挫……等々、色んな効能があるみたいだ。

 アメニティやシャンプー類は月野リゾートオリジナルの物で、ここだけでしか使えないと思うとワクワクする。

 お互い、髪はさっき洗ったので、体を軽く洗ってサッと温まってから出ようという事になり、いつものように尊さんが先に体を洗い、浴槽に浸かっている。

「アカリンが入りますよ」

「ミコティは『どうぞ』と言いました」

 私たちは絵本みたいなやり取りをして、クスクス笑う。

「あぁ~、気持ちいい~……」

 私はザブー、とお湯を溢れさせ、温泉に浸かって溜め息をつく。

「気持ちいいと声出ちゃいますよね」

「だな」

 二人でクスッと笑い合ったあと、私は真顔になった。

(気持ちいいと声が出ちゃう!? まんまやんけ!)

 温泉が気持ちいいという意味で言ったのに、エッチしたら気持ち良くて声が出るという意味にもとられかねず、私は一人で真っ赤になる。

 けれど尊さんは気づいていないみたいで、ゆっくりとお湯に浸かっている。

(どうしよう……。気まずい……)

 内風呂なので露天風呂みたいに景色を望める訳じゃなく、密室二人きり事件だ。

 おまけに湯船の中で今にも触れ合いそうだし、まさに一触即発。いや、触られただけで始まらないけど!

 そうは言うものの、全裸だし密着して並んでるし、ゴングが鳴る直前だ。

 何を言って場を繋ごうか迷っていた時――。

「緊張するな」

 尊さんがフハッと笑い、私の手を握ってくる。

 その瞬間、ドッキーン! と心臓が鳴り、声が出てしまいそうになった。

「ソッ、ソウデスネッ」

 上ずった声で返事をすると、私の顔を見た彼はおかしそうに笑う。
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