部長と私の秘め事
(嫌ではない。……でも、可愛い反応ができない)

 悩みながらも、私はいぶかしげな表情をし、両腕を広げるとソロリソロリと近づき、彼の胸板に頬をつける代わりに、ゴッと頭突きをして抱きついた。

「はははははは! 本当に恵ちゃんって、懐かない猫みたいだよね。可愛い~!」

 我ながら可愛くない反応をしてしまったけれど、涼さんは大喜びだ。

 彼は「ん~」と私の頭に頬ずりをすると、ヒョッと抱き上げてベッドに座った。

「ちょちょちょちょちょまままままままま」

 焦ってストップをかけると、彼は笑いだす。

「どうしたの!? バグった!? 可愛い~!」

「む、向こうの部屋に行くんですよね? 時間が……」

「ちょっとぐらい大丈夫だよ。向こうの二人も荷物を整えてると思うし。はい、ギュー」

 ベッドに仰向けになった涼さんは、私を抱き締めてくる。

「……ぎゅ、……ぎゅう」

 私は困惑と照れの混じった表情で、涼さんの腰を跨ぎ抱きついた。

「……あー……、恵ちゃん抱き締めてると安心する。守りたいものが腕の中にあるっていいね」

「はぁ……。……私も大木に止まったセミみたいな安心感があります」

「ぶっふぉ!」

 涼さんはとっさに横を向き、腕で口元を押さえて噴き出す。

「恵ちゃんがセミになったら可愛い……! いつまでも大木でいたい」

「夏の終わりになったら、セミファイナルかましますね」

「嫌だ! 死なないで! コールドスリープを……」

「怖いですって」

「恵ちゃんが死ぬなんて、セミでも考えたくない……」

 涼さんがメソメソと乙女になったので、私は上体を起こすと彼に床ドンした。

 ……いや、ベッドだからベドドンか?

「泣くな、涼子」

 彼の顎をクイッとしてふざけると、涼さんは目を潤ませて胸の前で手を組んだ。

「……トゥンク……」

「いや! 駄目だ! 一瞬脳裏にバカ兄ーズがよぎった! 今のなし!」

 私はパタパタと顔の前で手を振り、涼さんの腰の上から降りる。

「せっかくいい雰囲気だったのに~」

「涼さんも、ノリが良すぎるんですよ。せっかくイケメン御曹司なんだから、素材を生かさないと。今のあなたは生食用の海老が、誤ってエビチリになった状態です!」

「え~、エビチリ美味しいよ……」

「……何言ってるんだ私たちは……」

 ガクリと項垂れた私は、ベッドから下りて荷物の整理を始めた。



**



 荷物の整理を終えて尊さんと寛いでいると、部屋のチャイムが鳴った。

「はーい!」

 私――、上村朱里は返事をし、パタパタと出入り口に向かう。

 というか、待たせてはいけないと思うので、面積のあるスイートルームを真面目に小走りしている。これがほんまもんのパタパタだ。

「いらっしゃいませ、ようこそー」

 ドアを開けて言うと、すかさず恵が「居酒屋か」と突っ込んでくれる。今日もキレッキレだ。

「お疲れ。とりあえずどうする? なんか食うか?」

 遅れて歩いてきた尊さんに言われ、涼さんと恵は顔を見合わせる。

「私は食べなくても大丈夫だけど、朱里は現地飯いっときたいんだよね。付き合うよ」

「ありがとー!」

「それじゃあ、観光がてらその辺ブラブラするか」

 尊さんに言われ、私たちはカードキーを手に部屋を出た。





 市街地に向かう前にホテルの敷地内を見てみると、建物の角にカギカッコみたいな形のプールがある。

 さすが南国という感じで、背の高いヤシの木が生えていて、こちらでは冬だけれど気分が上がる。

 私たちは半袖にパンツスタイル、スニーカーという動きやすい格好で、ゾロゾロと連れだって歩く。

 川岸まで行くと、遙か向こうに対岸が見える。

「向こうは森みたいになってるけど、マングローブが生えているんだ。あっちは海との境目で、この辺はトリニティ湾って呼ばれてる」

 涼さんは川のほうを指さして説明してくれ、私と恵は写真を撮る。

「このすぐ近くにナイトマーケットがあるから、夜はそこで食べようか。色々あるよ」

「わー! 楽しみ!」

 過去に恵と二人で台北に行った事があるけれど、その時の夜市も楽しかった。

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