部長と私の秘め事
『もぉ……』
しょうがないな、と思いながら、私はおずおずと部長を抱き締め返し、ポンポンと彼の背中を叩いた。
『立てますか? 家まで送ります』
私は彼に肩を貸し、一緒に立つ。
『っと……』
彼は細身でスラッとした印象だけれど、体重が掛かるとかなりズシッとくる。
私はよろけかけたところを踏ん張り、部長を支えて地上に戻った。
そして4b出口前タクシー乗り場で並び、ようやく彼を後部座席に押し込んだ。
『部長、家はどこですか?』
『……みた……』
『見た?』
私が首を傾げた時、運転手さんが『三田ですね』と返事をして車を発進させた。
後部座席で部長はぐったりと私に寄りかかり、手を握って離さない。
(これ、絶対に誰かと勘違いしてるな。あかりって恋人? ……っていうか……)
そこまで考え、私はいまだ部長が持っている花束をチラッと見た。
どう見ても仏花だ。
でも花は散っているし茎も折れている。
(何があったの? お墓参りに行ったけど、何かがあった? 〝あかり〟さんは亡くなった恋人?)
考えても分かる訳がなく、そのうち私は彼の事情を想像するのを諦めて、窓の外を見た。
(私もお父さんを亡くした時、周りが見えなくなるほど絶望していたな。飛び降りようとした事もあったっけ)
父を亡くした直後、私は自しかけた事がある。
その時、通りすがりの人に助けられ、怒られて励まされ、もう少し頑張ってみようかと思ったのだ。
平凡な私にとっても父の死は大きな事件だったから、イケメン部長ならもっと波瀾万丈な人生を送っていそう、とその時は勝手に失礼な事を思っていた。
(人それぞれだ。私には私の人生、悲しみがあるし、他の人も同じ。部長だって泥酔して泣きたい事だってあるはず)
私は中学生の時に大きな悲しみを味わったからか、少しだけ大人びた考え方をするようになっていた。
だから同年代の友達と、うまくやれなかったのだけれど。
(部長を家まで送り届けて、介抱して寝かせてあげよう。そのあとは〝なかった事〟にする。私は駅で部長を見なかったし、昭人と恵と別れたあとまっすぐ帰った)
決意したあと、車は十分ほどで部長が住んでいるマンション前に着いた。
(すっご……。セレブ?)
彼に肩を貸して恐る恐るマンションに入ると、高級ホテルのようなロビーが広がっている。
ボーッとしていると『どうかなさいましたか?』と声を掛けられた。
歩み寄ってきたのはコンシェルジュで、四十代後半の彼は部長の顔を見て『あぁ……』と納得した顔をした。
『速水部長の部下で、上村と申します。酔い潰れてしまっていた彼を見かけて、送りに来ました』
ここまで説明する必要はないかもしれないけど、私は怪しまれないために名乗った。
コンシェルジュは納得し、部長の部屋を教えてくれた。
『……あの、酔っぱらった彼が私と会った事を覚えているかで変わってきますが、上村が一緒にいたとは言わないでください。……会社の上司なので、あまり深入りしたくないので……』
気まずく言うと、彼は『承知致しました』と了承してくれた。
そのあと私たちは十四階までエレベーターで上がり、右側のドアに向かう。
マンションに入る時に部長がカードキーを出したので、それで鍵を開けて玄関になだれ込んだ。
『はぁ……っ、重い!』
私はキレ気味に言い、部長の靴を脱がせる。
こんだけ面倒を見たんだから、美味しい物でもご馳走してほしいけど、あとあと変に関わりたくない。
『部長、立てますか? 寝室どこ?』
『…………んっ、…………ぷ』
『マジか!』
彼が手に口を当てたのを見て、私は真っ青になって靴を脱ぎ、トイレを探した。
なにせ初めて上がる他人の家だし、どこに何があるか分からない。
あちこちドアを開けたあと、ホテルみたいに広くて綺麗なトイレを見つけた。
『ほら! 行きますよ! 我慢して!』
私は再び彼に肩を貸し、トイレまで引きずっていく。
彼は便器を見て我に返ったのか、思いきり吐き始めた。
しょうがないな、と思いながら、私はおずおずと部長を抱き締め返し、ポンポンと彼の背中を叩いた。
『立てますか? 家まで送ります』
私は彼に肩を貸し、一緒に立つ。
『っと……』
彼は細身でスラッとした印象だけれど、体重が掛かるとかなりズシッとくる。
私はよろけかけたところを踏ん張り、部長を支えて地上に戻った。
そして4b出口前タクシー乗り場で並び、ようやく彼を後部座席に押し込んだ。
『部長、家はどこですか?』
『……みた……』
『見た?』
私が首を傾げた時、運転手さんが『三田ですね』と返事をして車を発進させた。
後部座席で部長はぐったりと私に寄りかかり、手を握って離さない。
(これ、絶対に誰かと勘違いしてるな。あかりって恋人? ……っていうか……)
そこまで考え、私はいまだ部長が持っている花束をチラッと見た。
どう見ても仏花だ。
でも花は散っているし茎も折れている。
(何があったの? お墓参りに行ったけど、何かがあった? 〝あかり〟さんは亡くなった恋人?)
考えても分かる訳がなく、そのうち私は彼の事情を想像するのを諦めて、窓の外を見た。
(私もお父さんを亡くした時、周りが見えなくなるほど絶望していたな。飛び降りようとした事もあったっけ)
父を亡くした直後、私は自しかけた事がある。
その時、通りすがりの人に助けられ、怒られて励まされ、もう少し頑張ってみようかと思ったのだ。
平凡な私にとっても父の死は大きな事件だったから、イケメン部長ならもっと波瀾万丈な人生を送っていそう、とその時は勝手に失礼な事を思っていた。
(人それぞれだ。私には私の人生、悲しみがあるし、他の人も同じ。部長だって泥酔して泣きたい事だってあるはず)
私は中学生の時に大きな悲しみを味わったからか、少しだけ大人びた考え方をするようになっていた。
だから同年代の友達と、うまくやれなかったのだけれど。
(部長を家まで送り届けて、介抱して寝かせてあげよう。そのあとは〝なかった事〟にする。私は駅で部長を見なかったし、昭人と恵と別れたあとまっすぐ帰った)
決意したあと、車は十分ほどで部長が住んでいるマンション前に着いた。
(すっご……。セレブ?)
彼に肩を貸して恐る恐るマンションに入ると、高級ホテルのようなロビーが広がっている。
ボーッとしていると『どうかなさいましたか?』と声を掛けられた。
歩み寄ってきたのはコンシェルジュで、四十代後半の彼は部長の顔を見て『あぁ……』と納得した顔をした。
『速水部長の部下で、上村と申します。酔い潰れてしまっていた彼を見かけて、送りに来ました』
ここまで説明する必要はないかもしれないけど、私は怪しまれないために名乗った。
コンシェルジュは納得し、部長の部屋を教えてくれた。
『……あの、酔っぱらった彼が私と会った事を覚えているかで変わってきますが、上村が一緒にいたとは言わないでください。……会社の上司なので、あまり深入りしたくないので……』
気まずく言うと、彼は『承知致しました』と了承してくれた。
そのあと私たちは十四階までエレベーターで上がり、右側のドアに向かう。
マンションに入る時に部長がカードキーを出したので、それで鍵を開けて玄関になだれ込んだ。
『はぁ……っ、重い!』
私はキレ気味に言い、部長の靴を脱がせる。
こんだけ面倒を見たんだから、美味しい物でもご馳走してほしいけど、あとあと変に関わりたくない。
『部長、立てますか? 寝室どこ?』
『…………んっ、…………ぷ』
『マジか!』
彼が手に口を当てたのを見て、私は真っ青になって靴を脱ぎ、トイレを探した。
なにせ初めて上がる他人の家だし、どこに何があるか分からない。
あちこちドアを開けたあと、ホテルみたいに広くて綺麗なトイレを見つけた。
『ほら! 行きますよ! 我慢して!』
私は再び彼に肩を貸し、トイレまで引きずっていく。
彼は便器を見て我に返ったのか、思いきり吐き始めた。